amazon 世界最先端の戦略がわかる
"Amazon” と言えば、多くの場合、皆さんが連想するのは eコマースにおけるネット企業というイメージだと思います。少し前にも、おばあちゃんを孫がバイクに乗せて走る心の絆(普通の日本企業以上に日本的な優しさあふれる)を表現したCMが放送されていましたよね。でも本書を読むとアマゾンという会社が持つ本質的なイメージは、あのCMのものとはずいぶんギャップがあるように感じます。また、アマゾンを 単なる eコマース会社というイメージだけでとらえるのは正しくありません。本書、「amazon世界最先端の戦略がわかる」(著者/成毛 眞さん)は、アマゾンという新型複合巨大企業のすごさを、数字、ファクトでとてもわかりやすく解説していますので、アマゾンを知るには格好の一冊だと思います。
「アマゾンのビジネスは、経営学の革命だと断言できる。おそらく将来、大学などで経営を教える時の教科書としてアマゾンが取り上げられるだろう。」「これまでの大企業は、一つの事業で成功したら、同じブランドで派生事業を展開し、さまざまな事業が独立してグループ会社を形成するのが通常だったが、アマゾンの場合は、各事業が通常の複合企業よりもはるかな相乗効果を生み出し、更にそれらの成長スピードが速いのが特徴だ。」と本書の「はじめに」で成毛さんは話します。
成毛さんは最初に、近年のアメリカの新興企業で際立って成功した企業4社(GAFA)プラスM、つまり、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、そしてマイクロソフト を引き合いに出し、「その中でも、アマゾンが時価総額1兆ドル(円ではありません。念のため)を突破する最初の企業になるだろう。」と書いています。ちょっと我々シロウトには想像しにくいと思いますので、日本のトップ企業と比較してみましょう。日本の企業で最も時価総額が大きいビックスリーはトヨタ自動車(2,400億ドル/24兆円)、NTTドコモ(1,060億ドル/10.6兆円)、三菱フィナンシャル・グループ(1,000億ドル/10兆円)です。(*1)一方、GAFAプラスMの場合、時価総額が大きい順から、アップル(9,269億ドル/92.6兆円)、アマゾン(7,777億ドル/77.7兆円)、グーグル(7,646億ドル/76.4兆円)、マイクロソフト(7,522億ドル/75.2兆円)、フェイスブック(4,485億ドル/44.8兆円)となっています。成毛さんが、アマゾンが最初に時価総額1兆ドルを突破する理由として、その成長スピードと事業を展開する範囲の広さを挙げています。アマゾンは1995年生まれの企業で現在、創業からわずか25年です。(ちなみに日本のトップ、トヨタは創業から現在75年です。いかにアマゾンの成長スピードが速いか実感できると思います。少し話がそれますが、80年代頃には、トヨタをはじめ多くの日本企業が「フォーブス」等の経済誌の「世界企業トップ500リスト」に名を連ねていたと記憶していますが、近年ではアメリカや中国の企業名がそのリストを賑わすようになり、日本企業数が少なくなっているのは寂しい限りです。また、企業価値を示す株価にしても日米の差はどんどん開いているのが現状です。)
次は事業範囲ですが、アマゾンは経営については秘密主義のところが多いせいもあり、意外と知られてないのですが、アマゾンで最も利益を上げているのが実はクラウドサービス(*2)(AWS/アマゾン・ウェブ・サービス)で、年間43憶ドルの営業利益をあげ他の事業部門よりも多くを稼いでいます。以前ではIBMやヒューレッド・パッカードあたりがクラウドサービスに関しては(アマゾンより)市場開拓において先行していたのですが、IT業界内では今やアマゾンが世界最大の企業向けクラウドサービス会社として認知されているのです。
(下図:クラウド業界シェアと売上高比較)
そのサービスの質の確かさは、AWSの顧客を見れば一目瞭然。アメリカではGE、マクドナルド、AirIBnB、ネットフリックス などがその顧客名簿に名を連ねています。極めつけは 2013年に6億ドルで4年間の契約を結んだ CIA(アメリカ中央情報局)です。一昔前だとこういった官公庁系、政府機関はIBMが独占的に強かったのですが、政府は「AWSのサービス内容が技術的に優れており、競合の結果は、接戦とは言い難いほどかけ離れていた」という理由でIBMの再度の契約検討依頼を断ったのです。このため「AWSに政府、それも機密情報機関のCIAがお墨付きを与えたことで、その後多くの公的機関や企業がAWSの導入に前向きになった、」と伝えられます。(ちなみに日本では日立製作所、キャノン、キリンビール、ファーストリテイリング、三菱UFJ銀行等がAWSの導入を始めています。)
とはいうものの、我々が「アマゾン」という企業の名前を実感するのは、やはりネット通販においてであると思います。それでは、ではなぜアマゾンのネット通販事業は凄いのでしょうか。それはズバリ、「品揃え」「価格の安さ」「迅速な配達」にあります。これを可能にするのが、「マーケットプレイス」という仕組みです。マーケットプレイスとは、アマゾン以外の外部のネット通販事業者もアマゾンの画面上に出品できるサービスの事です。つまり、消費者はアマゾンの提供する商品、外部事業者の商品に関わらず同じアマゾンの画面上で自分のお気に入りの最適な商品を選ぶことができるのです。これにより、マーケットプレイスで扱う商品は、アマゾン直販のものや外部者のものを合わせると約3憶5,000品目にものぼるのです。(これによりアマゾンの「ロングテール・ビジネス」は一段と強化されているのでしょう。)
そして、その圧倒的な商品数をマーケットプレイスにもたらしている外部事業者にとっての大きな魅力が「フルフィルメント・バイ・アマゾン」(FBA)と呼ばれるサービスです。これは「商品の保管、注文処理、出荷、決済、配送、返品対応まですべてをアマゾンが代行する」(P67)サービスです。創業者ジェフ・ベゾスは、「自らの会社をロジスティクス企業である。」(P33)と語っているように、アマゾンはマーケットプレイスに出品する外部事業者も「お客様」と考えていて、そのお客様のため、自社の物流機能も強化しているのです。年々、アマゾンの倉庫の数も増え、その大きさも巨大化しています。(日本でも、市川、小田原他にあるようです。)そして、そのアマゾンの物流倉庫では「KIVA」という独自のテクノロジーを導入しています。KIVAというのは、2012年に役8億ドルで買収した会社が持っていたキバ・システムというロボットを使ったテクノロジーです。このロボットは「掃除ロボットの『ルンバ』に似た、オレンジ色の機械で、棚の並ぶ倉庫内を人間に代わって動き回り、棚の下に入り込み、商品を棚ごと回収して従業員のところまで運んでくれる。」(P254)のですが、アマゾンをキーワードで動画検索するとYouTubeで、アマゾン倉庫内で見上げるぐらいに積上げられた棚を複数のKIVAロボットが縦横、お互いにぶつからずに移動している映像を見ることが出来ます。また、以前は、倉庫からお客様への配送は大手の運送会社に任せていたのですが、近年は飛行機やトラックなどを自前で揃え、徐々に独自に物流を行う動きも見せているのです。運送会社にしてみれば、これは脅威以外の何物でもないと思います。クラウド・サービスという儲けの源泉がしっかりあり、その源泉のほとんどを(株主に還元せず)そのまま設備投資に回し続け、(それでも株主はその戦略を認めるので、 アマゾン株価額は上昇し)薄利多売のネット通販で取扱量を増やし、その配達をアマゾンが自前でやるようになれば、いつか、(「マーケットプレイス」のように)現在の大手運送会社が逆にアマゾンに仕事をお願いする(委託する)という可能性もなくはないですよね。(冷たい言い方をすれば、ある市場をそれまで主導していた会社が新興のライバルに市場を奪われ、新興ライバルのサービスに仕方なく乗っかる、ということです。)実は、アマゾンが進出する事業エリアで、競合会社になりそうな会社をリストアップしたものがあり、それが「デス・バイ・アマゾン」と呼ばれているそうです。(そういえば、そんなタイトルの本も日本で出版されてます。)
この他、本書ではみなさん大好きな「アマゾンプライム」「アマゾンフレッシュ」などのサービスや、アマゾンのキャッシュフロー経営についても解説しています。キャッシュフロー経営と言えば、一つ驚いたのが、アマゾンのキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)がプラスではなくマイナスであることです。CCCとは、例えば、「ある会社が仕入先から仕入れた商品をお客さんへ売り現金化されるまでの日数」を示したものですが、ちなみにウォールマートのCCCは12日です。つまり、「12日の間に急遽現金が必要になった時は自前で調達する必要がある」ということです。このCCCがマイナスである、ということは簡単に言うと、「会社が投資等の行動を起こす場合、すでに手元に資金があるので、事業のサイクルが早くできる、」ということを意味します。アマゾンはこのCCCがなんと「-28.5日で推移している」(P132)のです。(つまり、倉庫にある商品を売る(約)30日前にはすでにその商品代金が手元にきているのです。)
このように各事業が巨大化しているアマゾン。こういった巨大企業がさらに複合的に巨大化すると、通常その市場は「寡占状態」になっていきます。そうなると、昔からよくあるのが、独占禁止法を盾に政府が市場に介入し企業分割を行う動きですよね。(例えば、ロックフェラーの「スタンダード・オイル社」は、独占禁止法によって分社化されてしまいました。)しかし、(意外なのですが)成毛さんによると、アマゾンは今のところ独禁法には抵触しないようです。「アマゾンがネット通販の雄であり、そのネット通販市場ではシェアの4割を占め、取扱高は20兆円に達しようとする勢いだが、ネット通販自体が小売業全体に占める割合は1割程度しかないので、小売市場全体のアマゾンのシェアは4%程度」なのです。ですからこの状態は決して「寡占」であるとは言えず、排除はできないのです。また、「独占」の欠点は、その市場を独占企業が支配した後、徐々に価格を吊り上げようとすることですが、アマゾンの場合は、常に「最安」「迅速なサービス」を徹底した「顧客第一主義」なので、消費者もアマゾンに不満を持っていないのです。そういった事情から今のところ、アマゾンが法的に規制される可能性はほとんどないのです。
このようにアマゾンを研究して本にした成毛さんですが、この成毛さんでさえ「アマゾンはどこに向かっているのか。どのような企業を目指しているのか。調べれば調べるほどその問いに答えるのが難しくなる。おそらくは、ベゾス自身にもわかっていないのではないだろうか。」(P56)と話します。でもここが面白いのですが、創業者のベゾスは、それは決してアマゾンの「弱み」ではなく逆に「強み」と考えているフシもあるのです。「かつて、アマゾン社内の研修の際に、ある役員が従業員同士のコミュニケーションの必要性を訴えたところ、ベゾスは『コミュニケ―ションは最悪だ。』と答えた」そうです。成毛さん曰く、「ベゾスにとって理想の企業というのは、権力が分散され、協調より個の力(アイデア)が優先され、組織としてまとまりがない企業なのだ。」そうです。うーん、やはり成毛さんの御指摘のように今までの経営の教科書にでてくるような会社運営とは全く違う会社ですねぇ。。
最後になりますが、著者の成毛さんは、マイクロソフト日本法人の第 2代/代表取締役社長を務めた方です。ですので、考えが柔軟的、分析的で文章がわかりやすいのでとても好感がもてました。また、成毛さんは大の読書家としても有名で、書評サイト「HONZ」を主催し、自分の推薦する本を集めた「面白い本」「もっと面白い本」(岩波新書)等、著書もたくさんあります。
(*1)便宜的に1ドル=100円換算。会社の時価総額は2018年5月現在)(*2)サーバーを提供するサービス、また資料は本書上梓の2018年当時のもの)
(写真下:元日本アマゾンの社員だった/佐藤将之さんが書いた「アマゾンのすごいルール」こちらは、元社員さんが書いたので日本市場開拓のはじめの内部の苦労話とかがわかります。)
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