沈黙の春
タイトルの ”沈黙の春” というのは、農薬(化学薬品)を大量に散布した後、生物の生態系が破壊され、そのため、春が訪れても小鳥たちのさえずりがまったく聞こえなくなった、静寂な森のことを意味します。著者レイチェル・カーソンさんはアメリカのペンシルバニア州、1907年生まれ、アメリカ内務省魚類野生生物局に勤め、水産生物学者として本書「沈黙の春」を上梓し、化学薬品を大量に含む農薬利用に警鐘を鳴らした女性です。本書ではDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)はじめ、農薬に使用されている化学薬品について、その有毒性、危険性、そして、その継続使用により発生する生態系破壊や、一般市民の安易な使用における人体への甚大なリスクについて解説しています。
1950年代中頃のアメリカでは、一般的な農薬に含まれた化学薬品が、人や動物の生命に与えるリスクというのは社会的にはほとんど認識されていませんでした。(当然、その農薬の危険性は開発会社はわかっていたのですが、市場の利益を優先したのです。)そのため、農家から害虫駆除の要請があると農業関係の役所では、現在ではちょっと考えられないような大雑把とういか、安易なやり方で、害虫駆除を行っていました。それは、大量の農薬をセスナ機で空中散布するという方法です。(その散布のやり方も、散布時の風の強さとか風向きなどの事前調査もせず行ったので、散布した農薬が近隣住民の居住地域にも飛んでいったのです。)このように、有毒な化学薬品を空からまき散らす方法により、森の土壌や水も汚染され、動物、昆虫たちの生命も危機的な状況にまで脅かされ、生態系も破壊され、生命連鎖はその後何世代にもわたり回復することはありませんでした。その一方、天敵が駆除された特定害虫が大発生して却って農産物の被害が大きくなるということも起こりました。
そいうった森の生命に対するリスクは当然、散布を行った近隣住民や、除草剤や殺虫剤として化学薬品を購入し、その危険性がわからず使用を続けた市民にもおよび、発がん率が高くなるなどの健康被害が報告されたのです。実際、本書においても、カーソン氏は、たとえごくわずかの摂取でも人体におけるリスクは想像もできないほど甚大である、と語っています。そして、何世代後かにおいて、それまでに報告されなかった奇病や難病が発生する可能性も指摘しています。(換言すれば、一般的に発症する可能性がとても低い難病患者さんの発病の原因は、その患者さんの何世代前の親族が、そのリスクを知らずに使っていた農薬、除草剤、殺菌剤、洗剤などに含まれる化学薬品だった、ということもあるかもしれません。)
日本では、1970年代の高度経済成長期に発生したイタイイタイ病、水俣病などがありますが、本書は、アメリカにおいて危険で有毒な化学物質の使用規制、使用禁止に向けた一般市民の意識を高めるきっかけにもなり、発売後半年で約50万部を売り上げるベストセラーになりました。日本でも少し前に「環境ホルモン」が話題になりましたが、現代においても我々が日常的に使用する殺虫剤、除草剤、洗剤、殺菌剤などにも、その成分や使用法(取扱)についても注意する必要があるように感じました。現代においても改めて読む価値のある名著だと思います。
(下、著者/レイチェル・カーソン氏)
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