エネルギー・シフト 再生可能エネルギー主力電源化への道

  最近、日本の電力エネルギーに関する本を漁っていますが、読んでいくうちにわかるのは、いかに今まで国が原子力エネルギー発電に重点を置いてエネルギー政策を行ってきたか、ということです。東京電力福島第一原発の原発事故以降、日本もようやく世界の潮流となっているエネルギーシフトに本腰を入れ、2018年に、「2050年(令和32年)までに再生可能エネルギーの主力電力化」をめざす新しい方針を打ち出しましたが、実は我々一般市民は、そのエネルギーシフトについての現状はあまりわかっていない、というのが本音ではないかと思います。

  その日本におけるエネルギーシフトを理解するためには、まず日本の現在のエネルギー政策の現状(とその歴史について)ちゃんとした知識を身に付ける、ということが大切だと思います。そうしないと、我々大人たちの持続可能な成長のための活動がいつまでたっても小学生、中学生ができる節約・節電運動、廃棄物の分別レベルのままで終わってしまいますし、結局、我々親の世代が引退し、子供達に今の地球を付託する時に、環境負荷という「負債」を一緒に遺産相続することになってしまいます。ですから我々大人世代も、これからの地球を守るためにしっかりとした持続可能な成長に関するエネルギー政策についての知識を身につけることが大切だと思います。


  本書「エネルギー・シフト」の著者、橘川 武郎(きっかわ たけお)氏(*1)が本書を書いた動機は、前述した2050年再生可能エネルギー主力電源化に対し、政府は「再生可能エネ主力電源化」を本気で遂行する意志がないのではないか、という疑問からで、本書において日本における「再生可能エネ主力電源化」を本気で実現するためにすべきことを、具体的に論じています。(表紙もやさしいデザインで、グラフや表も多いですが、内容はしっかりしている。)


  「エネルギー基本計画」というのは、国の中長期的なエネルギー政策をまとめたもので、簡単に言えば、将来日本のエネルギー政策がどのような方向へ進むかを示す羅針盤のようなものです。国は、2011年の福島原発の事故後、それまでのエネルギー基本計画の内容を大幅に変更(第四次エネルギー基本計画)し、その内容をふまえ、翌年(2015年)に発表した「エネルギー長期需給見通し」では、2030年(令和12年)度の日本のエネルギーの電源構成(電源ミックスとも言う)(*2)を、「再生可能エネルギー22~24%(*3)、原子力20~22%、火力56%(*4)」同年度の「第一次エネルギー供給構成」(*5)を「再生可能エネルギー13~14%、原子力10~11%、化石燃料76%(*6)」と決定しました。


  2018年には、2050年時点での日本のエネルギー状況について審議するエネルギー情勢懇談会が設置され、この懇親会において「2050年時点で再生可能エネルギーを主力電源化する」ことが初めて明記されました。しかし、同年につくられた第5次エネルギー基本計画においては、前回2015年に策定した「2030年のエネルギー長期需給見通し、第一次エネルギー供給構成における再生可能エネの比率(22~24%)」の見直しはありませんでした。(再生可能エネを50年の主力電源にするなら、再生可能エネの比率は15年に策定した数字より上がらないと論理的に整合しません。実は、エネルギー情勢懇親会は、50年の再生可能エネの主力電源化の他、原子力にも「実用段階にある脱炭素化の選択肢」として高い位置づけを与えました。)


  前述した橘川氏の「政府が本気で再生可能エネ主力電源化」を本気で遂行する意志がないのではないか、という疑問は、ここから発しているわけです。また、2016年の主要5カ国(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本)の電源構成においては、再生可能エネ電源と原子力発電を合わせたゼロエミッション電源比率はフランス91%、イギリス46%、ドイツ42%、アメリカ35%ですが、日本は、福島原発事故以降、火力発電が主力となってしまい、17%にとどまっています。日本は福島原発事故において露呈した電子力発電が抱える特有の困難さもあることを考慮すると、日本は、再生可能エネの最大活用化を目指すべきなのですが、しかしながら、第5次計画においては「2030年原発20~22%方針」は堅持されました。これを著者は国の「公約違反」と考え、次のように理由を説明しています。


  政府は2014年4月の第4次エネルギー基本計画において「福島第一原発事故の被災に鑑み、原発依存度を可能な限り低減する」と公約。また、2012年の法改正によって原発の運転期間は40年と定められ、特別な場合にだけプラス20年(つまり60年)の運転を認めました。この説明通りに考えると、日本に現存する33基の原子炉のうち2030年時点で運転開始後40年未満のものは18基にとどまり、15基が廃炉になっている計算になります。しかし、この18基に現在建設中の2基(中国電力島根原発3号機、電源開発株式会社の大間原発)を加えても20基にしかならず、この20基が70%の稼働率で運転されたと仮定した場合、2030年に見込まれる原子力の電力は、同年における総電力需要のうちの15%にとどまります。前述した2030年度の原発依存度は20~22%ですから、5~7%の未達分は、原発運転期間の延長か、原発の新設を前提としていることが考えられるわけです。


  安倍内閣では「原子力発電所の新設は考えていない。」と言っていたこともあり、現実的には、この5~7%の未達分は上記の2030年までの廃炉が予定されている10~15基を40年を超えた運転延長を行うことでしか達成できなくなり、換言すると、例外的に認められている「60年運転」が常態化することになるのです。(シロウトの私が考えるのも恐縮ですが、この矛盾には、原発事故を起こした手前、原子力エネルギーの依存度を下げエネルギーシフトを急ぎたい改革派と、既存の原子力エネルギー推進派との間での強力な綱引きがあるように思えます。)


  しかし、仮に、原発の運転期間を延長するとした場合でも事は単純にいきません。なぜなら、日本の原発はその多くが古くなりつつあり、運転延長をする場合には、その設備をより新しいものに替える(リプレース)必要があるからです。しかし、政府はこのリプレース問題については真正面からの議論を回避し、「小手先の運転期間延長という方策」(本書より)のみ追求しているのです。東日本大震災が起こった当初、国は「原発依存度を可能な限り低減する」としていたので、当然のことながら原発のある地元には、しっかりとした説明が求められますが、国や政府が住民の強い反対を憂慮していることは想像に難くありません。

  このように原発事故後の原子力政策については、原子力をめぐる政策変更や事業改革が国民的課題になったにもかかわらず、今日に至っても、方向性が定まらず、ほとんど成果をあげていないのが現状なのです。このような政府のブレのため、最終的には2030年における、再生可能エネと原子力を合わせた目標数値は15%ほど未達となる可能性があり、結局その不足分は、火力発電に頼らざるを得なくなり、国費で排出権を購入することにもなりかねないのです。(*7) 


  このように書いていくと、日本のエネルギー政策は、単純に原子力エネルギーを減らし、再生可能エネルギーを増やしていけば問題が解決するかのように思われるかも知もませんが、著者は、「その議論を具体的にするためには、再生エネだけでなく、原子力発電、火力発電、水素利用などの動きも見ながら包括的に検討することが必要である。」と考え、そのため本書では再生可能エネ(太陽光、風力、地熱、水力、バイオマス)や原子力の他、水素、燃料電池、アンモニア等の可能性にも言及。さらに、「再生可能エネルギー主力電源化」を達成するためにには、(1) 既存の枠組みを維持したままのアプローチと、(2)「ゲームチェンジ」を起こす新たな枠組みを創出するアプローチの双方を採り入れる必要があると、論じています。


  さて、最後になりますが著者が考える「(国が)2030年までになすべきこと」を以下に列挙します。まず、著者は、第5次エネルギー基本計画における3つの問題点を指摘。

① 維持を決めた2015年策定の電源見通し(電源ミックス)では、原子力の比率が高すぎ、再生可能エネルギーの比率が低かったこと。② 2015年~2018年の間に世界のエネルギー事情が激変(パリ協定締結、太陽光発電、風力発電コストの劇的低落、シェールガス革命、、)したにもかかわらず、それらが第5次計画に反映されていなかった(そのため、2015年の見通しを維持することになった)こと。③ 同基本計画が2015年策定の「電源構成見通し」を維持したため、2050年を見据えた同計画の内容と整合性が取れなくかった(2050年に再生可能エネルギーを主力電源にするとしたにもかかわらず、2030年における電源ミックスの再生可能エネの比率を(上方修正せず)22~24%に据え置いたままにした)ことと、原発のリプレースについての言及がなかったこと。(リプレースがなければ、2050年時点における原子力発電が脱炭素化の選択肢にはなり得ない。)(*8)

  そして、2030年の電源ミックスは、「原子力15%、再生エネ30%、LNG火力33%、石炭火力19%、石油火力3%」とするのが理想であり、再生可能エネ主力電源化を牽引する自律的・主体的な担い手が2030年までに為すことは、この電源ミックスの実現に貢献することである、としています。

  また、新型コロナ感染症の流行により、エネルギー需要が大きく減退する現在においても、二炭化酸素を排出するエネルギーから、排出しないエネルギーへのシフト、集中型のエネルギー供給システムから分散型へのシフトは明確になっていて、この潮流はパンデミック後には一層強まるものとなる、と橘川氏は考えています。


(*1)橘川 氏は、国際大学大学院国際経営学研究科教授で専門は日本経営史・エネルギー産業論(他、東京大学名誉教授/一橋大学名誉教授を兼任)。「エネルギー基本計画」の有識者会議の参加者でもあります。

(*2)電源構成(電源ミックス):社会全体に供給する電気を、さまざまな発電方法を組み合わせてまかなうこと。

(*3)2030年電源構成(電源ミックス)/ 再生可能エネルギー22~24%の内訳:水力8.8~9.2%、太陽光7.0%、バイオマス3.7~4.6%、風力1.7%、地熱1.0~1.1%

(*4)2030年電源構成(電源ミックス)/ 火力56%の内訳:石炭26%、石油3%.LNG27%

(*5)第一次エネルギー供給構成:加工されない状態で供給されるエネルギー(石油、石炭、原子力、天然ガス、水力、地熱、太陽熱など)の組み合わせ

(*6)2030年第一次エネルギー供給構成 / 化石燃料76%の内訳:石炭25%、石油33%、LNG18%

(*7)その一方、福島第一原発事故後に比較的進展が見られたのは、電力・ガスのシステム改革です。電力システム改革については2016年に小売全面自由化が実施され、2020年に法的分離方式により発送電分離が行われました。ガスシステムにおいても2017年に小売全面自由化が実施され、それに続き、2022年には、大手3社(東京ガス、大阪ガス、東邦ガス)の導管部門の法的分離が行われる予定です。この2つの改革により、すべての需要家が電力会社・ガス会社を選択できるようになり、これまで基幹部門の総括原価制が残っていた(ため経営体質が緩みがちだった)電力会社やガス会社のガバナンスも改善されるようになり、全面的な市場競争にさらされるようになった、と言います。

(*8)原子力発電設備のリプレースについて著者は、リプレースは政府の「原子力依存度を可能な限り低減させる」とした方針とも矛盾しないとしています。最新炉を建設する一方で、古い炉についてはそれを上回るペースで廃炉にすれば良い。これを行うことで、2030年の電源ミックスにおける原子力の比率は15%程度まで抑えることができるとしています。