ライフシフト2 100年時代の行動戦略

  少子高齢化を迎えた日本社会に「人生100年時代」という概念を示し、その長寿時代に生きるために必要な考え方、そして、個人、会社、社会、そして国が今後どのように長寿社会へ向けて行動すべきか? をわかりやすく、具体的に提示した「ライフシフト」。その続編です(ただし、原題は ”The New Long Life: A Framework for Flourishing in a Changing World" ) 。著者は前作と同じリンダ・グラットン(ロンドン・ビジネス・スクール経営学教授/心理学専門)さんと、アンドリュー・スコット( 同 スクール経済学教授/経済学専門)さんです。(ただし、今回は、アンドリュー・スコットさんの名前が先にクレジットされています。)


  前書「ライフシフト」では、第二次世界大戦後の先進国社会における人々のライフサイクルを「教育、仕事、引退」という3つのステージに分かれた「3ステージ」と捉え、そのステージ毎に、登場人物を置き、読者一人一人が、自分の世代に属する登場人物に自身を投影させながら、来るべき長寿社会のライフスタイル、「マルチステージ」(会社勤め、フリーランス、学び直し、副業・兼業、起業、ボランティア...など、さまざまなステージを並行・移行しながら生涯現役であり続ける人生)の概念を学んでいく、というスタイルを取っていましたが、今回は登場人物がさらに多くなり、これから我々が迎えるべき「マルチステージ時代」(それは同時にAIを始めとするテクノロジーがこれまでになく進化する時代でもあります。)についてより具体的に詳細に解説を行っているのが特色です。また、特にそのようなテクノロジーの進化が及ぼす社会的、産業的影響や、それに我々がどのような考え方を持ち、どう対処すべきかなど長寿時代におけるテクノロジーとの共存についても述べられています。


  特に、テクノロジーの進化が人々のライフステージ(マルチステージ)に及ぼす影響については、約250年前にイギリスで起こった「産業革命」を例にとって述べています。産業革命による技術革新が起こり産業においては生産性が高まり、それにより人間の労働時間が短くなり、それが人々の生活の質の向上に貢献したことはよく知られていますが、その産業革命における生産性や人々の生活の向上は、産業革命後すぐには起こったわけではないのです。産業革命によりモノ、サービスの生産のありかたが急激に変わったのは事実ですが、人々の生産手段は農村におけるもの多かったので、産業革命のモノ、サービスの生産に適用するように人々の雇用形態、生活様式、法律など再構成し、整備することが必要だったのです。つまり、技術革新に対し、労働者、資本家、政治家など立場の違う人々が、生産性を高めるために、どのように生活様式を変化させ、仕事に対する考え方を変えるべきかをしっかりと考え、その過程を経た結果、産業が発展し、生産性が伸びたのです。換言すると、技術革新から生産性や人々の生活が向上するまでにはタイムラグが存在し、その間に産業、経済、人々のライフスタイルと言った考え方をリニューアルさせるための新しい学説なり、法律なり、といったパラダイムが生み出される必要があったのです。こういったパラダイムを本書では「社会的発明」と呼んでいます。


  我々が「3ステージ時代」から「マルチステージ時代」に加速していくためには、今後いくつもの「社会的発明」が生み出される必要があります。( 偶然ですが、「フラット化する世界」(上、下)の著者、トーマス・フリードマンさんの近著「遅刻してくれてありがとう」(上、下)においても、現代の急激なテクノロジーの変化について述べているところがありますが、やはり、テクノロジ―の急激で、速い変化について行くには、それに伴う法整備の見直しや、これまでの資本主義の考え方を見直す必要があり、それも時間をかけずに素早く対処する必要がある、といった指摘があります。)


  また、きたるべき「マルチステージ時代」において我々個人が「社会的変革者」になる自覚が必要になる、とか、マルチステージにおける様々な「移行」(例えば、会社務め→学び直し→企業。。といった人生におけるステージの変化点)については、会社も考え方を柔軟にし、様々な雇用形態を受け入れることが必要になり、また、行政のレベルにおいても、人々が人生における「移行」を容易に行えるよう、社会の法律を整備し直したり、また、生涯にわたるスキル学習を人々が受けやすくしたりする支援を行なったり、大学を頂点とする教育制度については、「卒業証書」取得が最終目標となるようなありかたの教育制度を見直す必要がある、と説明しています。具体的には、修学単位を今より細分化し、学習者が学ぶ科目、学習項目を増やしたり、学習者がその学習項目や技能スキルを習得する期間を短くできるよう工夫したり、また、学ぶ方法もオンラインを始めとするテクノロジーをもっと活用するとか、また、その学習の質の担保をどのようにするのか、など様々なアイデアを提唱しています。


  では、こういった、ライフスタイルの激変に備えて、我々個人ができることは何でしょうか? 本書においての回答は、「やはり最後は個人の自覚と学び、自分の人生の近くにいて影響を与え合う家族や友人との対話、コミュニティや興味のあることへの自発的な参加、活動などである」としています。学びに関しては、具体的には「これからの教育に求められるのは、子供のうちから必要な情報を見つけ、曖昧で不確実な状況に対処し、発見したことを分析、評価して解決する力を育むこと。」が特に大切で、その中でもとりわけ重要なのは「人間的スキル」です。この「人間的スキル」というのは「批判的思考、仮説設定能力、コミュニケーション、チームワーク、対人関係スキル」といったもので、AIなどのテクノロジーで人間の代替ができにくい分野です。


  また、我々はこれからは「老い」「老化」に対する考え方も変える必要がありそうです。例えば、現在、我々が高齢化の度合いを確認する指標としてよく使う、「老年従属人口指数」というのがあります。これは、16~64歳人口に対して65歳以上の高齢者が何人いるか、という割合を調べるもので例えば、「年金受給者1人を何人の現役世代で支えるのか、」といった表現をする時に使う指標です。現在の世界の老年従属人口指数は約0.25.これは4人の現役世代で1人の年金受給者を支えている計算になります。(この指数において考えると、日本ではやがて1人の現役世代で1人の年金受給者を支える可能性もでてきます。) しかし、著者はこのような指標はこれまでの「3ステージ時代」における「老い」を示すもので、「マルチステージ時代」には適さないと言います。なぜなら、この指標は65歳未満は全員働いて、65歳未満は全員が働いていない、という前提に立っているからです。また、現代は「シルバー・マネー」が雇用を創出する上で大きな役割を果たすようになったことにも言及。さらに65歳以上を「高齢者」と位置付けることも、もはや妥当ではないと言います。なぜなら、特に先進国においては、ヒトの生物学的年齢が改善してきて「年齢の可変性」における向上から、暦年齢を調整して「老化」を考える必要があるからです。(これをスコットさんは「年齢インフレ」と呼んでいます。)


  この年齢インフレを考慮に入れてアメリカの老年従属人口の推移を見て行くと(ここが興味深いのですが)、(老年従属人口は)時代と共に低下してきていて、逆に潜在的な労働力人口は増加してくる、という構図が見て取れるようになるのです。また、イギリスの場合では人々が引退する年齢が1歳上がるごとに、GDPが1%上昇する、という推計もあります。更に、65才以上の人々が働き場所を求めるとそれが若者の雇用を奪うかというと、決してそうではないことを、著者は1950年代のアメリカにおける女性の労働市場に大量進出した時のことを比較して説明しています。このように考えていくと、「エイジング」をポジティブにとらえるか、ネガティブなものとして考えるか、で私たちの未来についての見方は大きく変わります。スコットさんは同時に、こうした長寿化における政策については、若い世代の意見をもっと重視すべきである、とも話します。なぜなら、「いま必要とされている変化の恩恵を受ける期間は、高齢者よりも若者の方がはるかに長いから」です。


  最後に本書の「おわりに」から著者の言葉を抜粋します。「しかし、結局のところすべては一人一人の行動にかかっている。社会的開拓者になろうという勇気をどのように奮い起こすか。この未曾有の移行期がもたらすチャンスをどのようにつかむか。(中略)思考と行動を変えようとしない人は、様変わりした世界、大きく変貌を遂げつつある世界に対応する準備ができない可能性が高い。」