スマホ脳

  

  現在のコロナ禍は、我々に生活・経済全般のライフスタイルの変化を強く促しています。このライフスタイルの変容で体調を崩す人が多くなっています。しかし、このコロナ禍で、体調を崩す原因の一部は、ITテクノロジー化でスマホなどのIT機器に接する時間が多くなったこともあるかもしれません。本書「スマホ脳」(著者/アンデシュ・ハンセンさん)のような人の精神•体調に与えるIT機器の影響を警告する書物を読むと、そういった思いを強くします。(ハンセンさんはスェーデン・ストックホルム出身。1974年生まれの世界的人気のある精神科医で、(名門)カロリンスカ医科大学で医学を学び、ストックホルム商科大学でMBAを取得。)


  現代の生活において「我々が朝起きてまずやるのは、スマホに手を伸ばすこと。一日の最後にやるのはスマホをベット脇のテーブルに置くこと。私たちは1日に2600回以上スマホを触り、平均して10分に一度スマホを手に取っている。大人は1日に4時間、10代の若者なら4~5時間をスマホに費やす。」 著者自身も、時間の無駄だとわかっていても、スマホを手放すことが出来ず、ソファに座ってテレビのニュースを観ていても、つい手が勝手にスマホへ向かう。昔は好きだった読書に集中するのが難しくなり、集中力が必要なページにくると、本を脇へやってしまう。。。と話します。 著者の近年の研究で見えてきたのは、簡単な設定のパソコンが容易にハッキングされやすいのと同じように、我々の脳も(デジタルデバイスに)容易にハッキングされる(すでにされている)可能性がある、ということです。「ポケットからスマホを取り出すたびに、自分の意志で取り出したと思っているならそれは大間違い。フェイスブックやスナップチャット、インスタグラムを運営する企業は、私たちの脳の『報酬系』にハッキングすることに成功したのだ。その成功は、10年で全世界の広告市場を制覇したほどの大きさだ。。」



  デジタルデバイスの普及と共に、ここ数年、複数のことを同時にこなすことが多くなっています。映画を見ているときにスマホに手を伸ばす。仕事に集中している時に新しいメールが来ていないか確認する、新しい情報を探しにネット・ニュースをチェックする。。。このようなマルチタスクに実は人間の脳は適応していません。「集中」と言う脳の働きは知能の処理能力が著しく限定された領域でなされます。ですので自分がマルチタスクが得意と思っている人も、実はやっていることは作業と作業の間を行ったり来たりしているだけで、本来の「集中」という作業とは違うのです。多くの人が「マルチタスク」を行う場合、実は、その間、集中力が低下していることが多いのです。

  

  また、脳における神経伝達物質(脳内で情報の運搬役として働く化学物質)の一つにドーパミンがあります。ドーパミンが放出されると、ヒトはやる気や幸福感を得ることができます。脳内の「報酬システム」においてはこのドーパミンが重要な役割を果たしていますが、スマホはこの報酬システムの基礎的メカニズムを「ハッキング」している(スマホを使用することで、脳が活性化し、ドーパミンを放出させるように仕向けている)のです。 どういうことかというと、ヒトは進化の過程で、周囲の環境を理解するほど、生き延びる可能性が高まるため、常に自分の住む環境内で新しい情報を探そうとする本能があります。現代においては、さまざまな世間の出来事やニュースがこの情報に当てはまりますが、正にスマホがこの情報源検索という機能を備えているため、人はついスマホに注意を取られ、スマホを手に取ります。いったん、スマホ、パソコンでネットにアクセスすると、さまざまなニュース、記事、広告、、が際限なく画面に映し出されます。そのページをめくる毎に我々の脳はドーパミンを放出。その結果、どんどんページをめくる、ゲームにも夢中になりクリックボタンを押し続ける。。中でも脳の「報酬システム」を激しく作動させるのは、新しい経験や情報に接する時の「期待」(つまり、「~かもしれない」という不確実な期待)という感情で、スマホはこの脳のメカニズムを実にうまく利用しているのです。チャットやメールの着信音も巧妙につくられていて、実際メールやチャットを読んでいる時よりもその着信音が鳴った時の方がドーパミンの放出量が増えるのです。「大事なメールかもしれない」ということに強い期待(欲求)を感じ、つい、ちょっと見るだけ、、、が頻繁になるというわけです。


  また、ヒトは他人がすることに強い関心(欲求)を持ちます。これは、大昔から他の人が何をしているのか、互いがどんな関係にあるのか。。。こいうったことを知っておくと自分の所属するグループで、自らを優位な立場に置くことが可能になったり、生存に有利になったため、と考えられます。(同様に大昔では、高カロリーな食べ物を取ることで、つまり、次にいつ摂取できるかわからない貴重なカロリーを摂取することで、脳が満足感というごほうびを与えてくれ、餓死するのを防いできました。)それと同じことが現代では、「他人の情報を知ったり、広めたりする」 つまり「噂話」をすることに当たります。このゴシップに敏感に反応したり、噂話をすることで満足感を感じるように我々の脳のメカニズムは進化してきたのです。


  このようなゴシップ好きで、噂話をしてコミュニケーションを取り合い、互いの情報を得る、という社交への強い欲求は、現代ではSNSによってより拡大し、深化していると言えます。そのような他人の情報を得たいという欲求の他、ヒトには「自分のことを話したい」という欲求もあります。実は他人の話をする時より、自分の話をする時の方が、脳内は活発になるのです(特に前頭葉の一部である内側前頭前皮質と報酬中核と呼ばれる側坐核が活性化する)。 「それは、周りの人との絆を強め、他者と協力して何かをする可能性を高めるためだ。周りが自分の振る舞いをどう思うかを知る機会にもなるし、自分の発言が他者がどう思うか知ることで、自分の行動を改善することもできる。」 著者によると、特にこの傾向が強いのはフェイスブックを頻繁に使う人たちです。自分のことを話して称賛され、報酬中核が活性化するほど、SNSでも積極的になるのです。


  しかし、同時にこのようなSNSを積極的に利用している人たちは、孤独をより感じることもわかっています。著者はその理由の一つとして、「皆がどれぼど幸せかという情報を大量に浴びせられて、自分は損をしている、孤独な人間だ、と感じてしまうからだ。」と話します。SNSが幸福感に与える影響を分析する時、自分とその人との比較、順位づけは重要な要因になります。(この他者との順位付けにかかわる脳内の伝達物質は「セニトリン」といいます。)SNSのユーザーが、孤独を感じるのは、つまり、「SNSを通じて常に周りと自分を比較することで、自信を無くしてしまうからだ。なんとフェイスブックとツイッターのユーザーの2/3が『自分なんかダメだ。何をやってもダメだ。。』と感じている。なぜなら、自分より賢い人や成功している人がいる、という情報を差し出されたのだから。たとえ、それが見せかけにすぎないとしても。。」 

  このようなSNSのヘビーユーザーについては、イェール大学の研究者も同じような研究を行いました。「5000人を超える人々の心の健康を2年にわたって調査したところ、同じ現象に行き当たった。ある期間にSNSに費やした時間が長かった人ほど、その後の数ヶ月間、人生に対する満足度が下がっていた。」 また「(自分に対し)自己評価が低く、自信がない人は、自分と他人とを比較しがちなので、SNSのせいで精神状態が悪くなるリスクを抱えている、」と言います。特に思春期にあたるティーンエイジャーは、感受性が強い世代ですが、この世代は特にSNSに取り付かれている世代でもあり、あるアンケート調査では、7人に1人が1日最低、6時間をSNSに費やしています。「1万人近い10歳児に5年間、精神状態、友達や自分の見た目、学校や家族に満足しているかという質問をしたところ、年を経るごとに全体的な満足感が下がってきた。」 その調査で特に興味深いのは、その傾向がSNSを頻繁に使う若者、とりわけ女子に多く見られたことです。「研究者たちの推測はこうだ。『SNSというのは、常につながっていなければならない。。。』 彼女たちは常に “完璧な容姿” や “完璧な人生” の写真を見せられ、自分と他人を比較するのをやめられなくなるのだろう。」 このようにデジタルデバイスがヒトの脳に与える影響が近年研究されてきて、スマホはその使い方で、集中力・記憶力が低下したり、精神不調、睡眠不足、うつ、依存症、人生の満足度が下がったりを起こすことがわかってきています。

  著者はこのようなデジタルデバイスの影響について次のように主張します。「新しいテクノロジーに我々が適応すればいい、と考える人もいるが、それは違う。テクノロジーが我々に順応すべきなのだ。フェイスブック他のSNSを、現実に会うためのツールとして開発することもできたはずだし、睡眠を妨げないようにも、身体を動かすためのツールにも、偽情報を拡散しないようにもできたはずなのだ。しかし、実際に企業がそうしなかった理由、 それはお金だ。あなたがSNSなどに費やす1分1分が企業にとっては黄金の価値を持つ。広告が売れるからだ。私たちからできるだけの時間、注目を奪うことで、さらに技術は向上し、私たちはますます多くの時間をSNSに費やすようになる。。。」


  生活を便利にさせ、その可能性を進化させるデジタルデバイス。しかし、その一方、我々のライフスタイルに対するネガティブな影響に対して、我々は、どのように対処すればよいのでしょう。。。

著者は次のようにアドバイスします。

*自分のスマホ利用時間を知ろう。*目覚まし時計と腕時計を買おう。*毎日1~2時間、スマホをオフに。*寝る前はスマホ・タブレット端末、電子書籍リーダーの電源を切ろう。*スマホを寝室に置かない。*どんな運動も脳に良い。*最大限にストレスレベルを下げ、集中力を高めたければ週に3回45分、できれば息が切れて汗もかくまで運動するといい。*スマホからはSNSをアンインストールして、パソコンでだけ使おう。。。。(ここではハンセンさんのアドバイスすべては書きません。知りたい方は是非、本書を手に取って読んでください。)

  最後にハンセンさんのメッセージを引用します。「テクノロジーは様々な形で人間を助けてくれる。。だが一長一短だということを覚えておかなくてはいけない。そこで初めて心身ともに健康でいられるような製品、もっと人間に寄り添ってくれるような製品を求めることができるのだ。つまり私たちは、人間の基本設定を理解し、デジタル社会から受ける影響を認識しなくてはいけない。」(「コロナに寄せて ー 新しいまえがき」より) ハンセンさんは前著「一流の脳」が本国スウェーデンだけで60万部のベストセラーになり、本書も42週にわたりベスト20にランクインしたほどの人気があるのですが、実際その内容を読むとそのわかりやすさ、例えのうまさがシロウトにも腑に落ちます。我々世代もそうですが、我々よりも若い世代(我々より長い時間をデジタルデバイスと共存する世代)にもおすすめです。