知ろうとすること。

  2022年8月現在、日本では新型コロナ感染症の第七波が、日本全国を席巻しています。  新型コロナ感染症は、2019年末から世界で猛威を振るうようになり、2020年の頭初から日本でも、新型コロナ感染症患者が急増し、社会不安が起こったのは記憶に新しいところです。


  ところで、皆さんは、いわゆるこのような「天変地異」(というか人間の力ではどうすることもできないような災害 や大事件)が起こった時、まず行動するは、その災害(事件)がいつどこで起こって、現在どのように進んでいるのか? 自分達の生活圏にどのような影響を及ぼすのか、、、といった内容について確かな情報をいち早く取得することだと思います。でも、自分を含めたみんなが、不安で心細い状況で、フェイク・ニュースや、オルタナティブ・ファクトなんかも氾濫している世の中で、みなさんが心の拠り所として信頼できる情報ってどのようなものでしょう。。。


  今回紹介する「知ろうとすること。」   (早野 龍五(はやの りゅうご)さん、糸井重里さんの共著)は、そういった情報が氾濫する現代において、「信頼できる情報」とはどいうったものか。。についてヒントを与えてくれる一冊です。


     2011年3月に日本を襲った東日本大震災。この津波被害により福島第一原発が放射線漏れ事故を起こし、日本中が大混乱、マスコミや各種関係官庁、それに、各分野の知識人や専門家なども含め、様々なところから情報が発信されました。この中には、事故や放射線量などに関して相反するものもあり、また出所もよくわからないものもありました。このような世の中が混乱している状況下で、(科学的根拠に基づき)己が信頼できる数字を基に、ツイッターで情報を発信し続けたのが本書の共著の一人、早野さんです。そして、この早野さんの情報発信の姿勢に共感し、彼の情報を当時の信頼の拠り所にしていた一人が糸井重里さんです。


  早野さんは、事故直後のニュースで、原発敷地内でセシウムが検出されたことにショックを受け、自分のまわりに信頼できる情報がなかったことから、東京電力や県市町村が測定した放射線に関する数値など、ネットで探せる限りの数字から独自にグラフを作成します。物理研究者である早野さんにとって、データ分析からグラフをつくるという作業は職業習慣になっていたので、苦にはなりませんでした。とにかく、誰かの意見や見解よりも、たとえ不十分なものであっても、現場の状況を知ることが出来る情報を、ということでデータをまとめたグラフを3月12日からツイッター発信するようになります。そして、しばらくすると、そのフォロワーは、始めの300人から一気に15万人に増えるようになります。


  一方、糸井さんは震災直後から、テレビやツイッターに張り付き、災害の経緯を見守っていました。しかし、糸井さんは、自分の意見や考えを声高に主張する情報がネット上には多く、何を信頼していいのか迷っていました。そんな中で、糸井さんは、冷静に端的に事実だけをツィートしている人を見つけます。糸井さんが「この人の情報は信頼できる。」と思ったそのツイートが早野さんのものだったのです。


  早野さんは、その後、学校給食の陰膳(かげぜん)調査(調査の対象となる人が実際に食べたものと同じ食事を別に用意してその食事を丸ごと測定・分析する調査)や子どもたちの内部被ばく測定装置の開発を通し、誠実な計測と分析を重ね、国内外に発表していきます。現在では、新型コロナ感染症に関する情報を信頼できる人々と共にツィートしています。


  震災に限らず、自分の想定を超える災害や事件が起こった時、多くの人はどう行動していいかわからなくなり、強い不安や恐怖を感じます。そして、自分の心を落ち着けるため、その拠り所となる情報を探すようになりますが、一方では自分の不安や心配を他者へ拡散させ、共有させることで、自分の気持ちを落ち着かせようとする人や、非日常的な出来事が起こったことに対し殊更感情に訴え、事実を煽り立て周りの人々を扇動しようとする人もでてきます。そして、そういった人は自分の意見をより声高に主張し、主張する内容も過激になっていくのでしょう。。


  とはいうものの、この本を読んで、東日本大震災が起こった当時の自分を振り返ると、心の中では不安が先行し、今起こっている事実は別にそうあって欲しい、という自分に都合のいい事実(つまり、原発事故でセシウムが外部へ拡散した時は、政府なり、自衛隊なりが速やかに事態を収束させることでその以上の拡散が起こらないことを語っている記事)を一生懸命探していたように思います。そして、事実がそれより悪い方へ行くと、そこから事態が良くなって欲しいと願い、その時点から事故が終息に向かって行く青写真を主張する記事を探して安心する、ということを繰り返していたように感じます。


  でも本書を読んだ後で考えると、原発事故のような非常事態において自分にとって大切な情報とは、その災害を客観的に示す記事(つまり、数字、ファクト、論理で確認できる事実)なのだと思います。


  この本の中で一番参考になったのは、糸井さんが本の最後に書き連らねている「情報を受け取る側の姿勢」について語っているところです。ここでは、2011年の大震災後に糸井さんが参考にした意見(情報)とはどのようなものだったのか、ツィートしたことが語られています。


  では、当時、発信されたさまざまな情報の中で糸井さんが「信頼した意見」(もちろん早野さんのものもそうですが)とはどのような情報だったのでしょう。 それは、「よりスキャンダラスでなく、より脅かしていない、より正義を語らない、より失礼でなく、そして、よりユーモアのある意見」だった、と糸井さんは言います。


  ここまで書いてくるとわかりますが、情報発信で大切なのは発信する人の「心のあり方」、つまり「心の姿勢」なのだと思います。自分が発信した情報を受けとる側が、冷静に客観的に落ち着いて状況を咀嚼できるよう、端的で正確なものであるべきで「こうあるべき」とか「こうなって欲しい」といような、周りの人に阿るものでも、ことさら要求するものでもなく、また奇を衒ったようなものでもない(科学的根拠に裏付けされた)事実を継続的に送り届ける、そういった態度が非常事態時にはことさら必要なのだ、と思いました。マスコミの災害や事件を殊更煽り立てるような情報や、ネット上の濁石混交の情報が錯綜する時代に、早野さんの情報発信の姿勢はとても共感できるものだと思いました。