日本共産党の研究【1】~【3】No.2
立花隆さんの「日本共産党の研究」は、日本社会主義同盟の結成(1920)から、第一次(日本)共産党の結成を通し、1937年の解党に至るまでの党の活動を丹念に取材した通史となっています。今まで共産主義も共産党という党自体もよくわかっていなかったのですが、稀有なジャーナリスト・立花さんが精力を込めて取材したこの作品。いつか時間のある時に、それも一気に読みたいと思っていたところ、運よく今年の年末年始に集中的に読むことができました。
もともと政治にあまり興味がなかった私ですが、先に読んだ立花さんの「田中角栄研究」がとても面白かった。もう少し詳述すると、徹底した取材とその丁寧さ、事件を解明するまでの事実関係を整理し読者に語りかけていく話術の巧みさ、そして、その取材したテーマに対しての彼の主張の明晰さ、そいうった読者を魅了する語り手としての説得力に圧倒され、実際に生きている人間の私利私欲への執着とか政治家の理想との乖離だったり、国家権力たる検察当局の及び腰姿勢、、といった作家の独自世界を創造する美意識あふれた小説や物語より、複雑怪奇な現実世界というノンフィクションの方が、ある意味よっぽど面白い、また考える対象として意味がある、ということを立花さんから教えられたので、この「共産党。。」も最初は、内容が少々堅そうでよくわからない題材にもかかわらず、思い切って読んでみました。でもやはり、立花さん。この難しい題材も見事に料理し、読みものとして際立った作品に仕上っています。
前回のブログにも書きましたが、私的にはこれまで曖昧だった「社会主義者」と「共産主義者」との違いを歴史的経緯から解説しているところがまず得心したところなのですが、全体を通して本書の魅力は何かというと、当時、一種の理想主義として知識層から受け入れられていた共産主義のために実際に活動した日本人の理想と現実です。人は大なり小なり理想をもっています。そして、特に若者という存在は、自らの人生の旅立に向かう冒険者であり、高い目標と理想を掲げる存在です。しかし、同時に人生経験が少ないだけに後先あまり考えず、自分の夢や理想に向かって突き進むわけです。そいうった若者たちが当時の社会格差が激しい時代にあって、たまたま遭遇した「共産主義」という世界的に広がるうねりの中で体験する理想と現実の違い、そして挫折。。そいうった理想追求者たちの生々しい生活を立花さんは丁寧に描いていきます。要するに、タイトルに「研究」とあるにもかかわらず、当時の共産党員に取材し、とても丁寧に当時の日本の共産主義者の理想と現実を泥臭い、人間の血の通った「通史」として仕上げているところが出色なのだと思います。
今だと当時の「活動家」の苦労が実感できないのですが、当時は今と比べると格段に政治思想の取締まりが厳しく、とくに共産主義の広がりを恐れていた日本の当局は取締まりを徹底していました。実際、社会運動や思想取締まり強化のために治安維持法を改正(強化)し、社会運動活動を取締まる専門機関として「警視庁特高課」(いわゆる「特高警察」「特高」)を警察組織内に設立(明治44年8月)、更には検察にも思想取締まり強化のために、全国の主要検事局に思想係検事を設置。このようにして国は共産思想取締の強化体制を整えていきます。
そういった事情から当時の共産主義者の活動は、社会的におおっぴらにできる状況にはなく、その活動は必然的に地下に潜らざるをえませんでした(*地下活動)。例えば、学校や職場に潜む共産党員は、周りの人には知られずに共産主義思想に染まりそうな人物に接触し、共産活動に染まりそうな人物だと判断すると、共産党の会合に出席させるというやり方で仲間を拡大していきます。また指導部や党員間との連絡もお互い面識をなるべく持たず、あらかじめ指導部から教えられた服や物の目印でお互いを確認したり(街頭連絡活動)と、極力取締まり当局や公衆から目立たないように接触していました。気になる活動資金ですが、実は当時は共産活動の規模が小さい割には、学生や労働者のシンパ(支持層)が多く活動資金の獲得にはさほど困難はなかったようです。
ただ現代と比べると、やはりスマホやE.メールのない時代、また、しかも表社会の当局からの監視を逃れるため、党の上層部と活動員たちとの連絡は格段に大変だったのです。党の誇示活動を行う時にも当日、党員同士連絡が取れなくてその日の活動内容や運動内容が突如変更されたり、党員が集まらなくて規模を縮小して行ったり、また、いったん、当局から追われる身となると、しばらくの間、党には連絡を取れず、それまで住んでいた住居(アジト)に帰ることも許されず、独自で転々としながら逃亡生活を送らなければならなかったり、、とメンバーは、お互い党員同志という連帯意識は持ちながらも、基本的には、一人ひとりが活動家という強い意識を持ちながら毎日を過ごしていたようです。
不思議(というか意外)なのですが、当時の日本の知識階級の中には、資本主義の崩壊と共産主義社会の到来を当然の如く信じる空気があり、「日本でも必ず共産主義政権が樹立される。それが歴史の必然である」、と頑なに信じる人々がいたのです。実際本書の中にも、両親から将来に備えて貯金をしろと言われていた当時の若者が、「どうせあと十年もしたら日本は共産主義になるんだから、ばからしくて貯金なんかできなかった、」と本気で話すインタビューがでてきますが、この人は当時は学生運動の経験はなく、どちらかというと裕福な家庭に育った享楽家といった感じの人です。この例からもわかるように当時の生活を享受する裕福層に属する若者たちも、なんとなく「革命は近い」という思いを抱いていた人は多かったのです。(だからこそ特高も必死になって思想の取締まりを強化していったのでしょう。)
このように昭和の初期には、共産主義は、幅広い知識人からも受け入れられていたせいか、良家の子女たちの中にも、そういった時代の空気や、インテリ学生などから共産主義に感化された若い女性がいました。そういった女性活動家の中には、男性活動家に奉仕するため彼らの「アジト」へ住み込み、昼夜のプライベートの世話をする役目を仰せ使う女子もいたのです。(当然ながら、そいうった関係はやがて、本当の男女関係に発展することもありました。)
また、特高の中には、党員の不満に目を付け、自分が目を付けた活動家を巧みに誘導し、警察のために ” 飼いならし” する警官がいたり、または特高に捕まり強制的に思想転換され、当局のスパイになった党員がいたり、といった話があったり、さらには、ある時期から、当局における共産党員の仲間の逮捕が頻繁になり、「誰かが警察に情報を渡している」といった話題が指導層の間で出て、指導層からの評判が良くない特定の人物に嫌疑がかかると、仮にその活動家はたとえシロであっても、それまでの活動の不審な点を強制追求され(いわゆるリンチ)ることもありましたのですが、本書では、そういった実際に起こったいくつかの党員同士のリンチ事件(第三巻/大串雅美査問事件など)も詳解されています。
街頭連絡活動を主な連絡手段とする活動家にとって、当局の取締まり強化や、当局のスパイ政策、党員同士のリンチ事件などで、互いに疑心暗鬼になった党員同士のネットワークは必然的に弱くなっていきます。そいういった亀裂の入った党内の一層の組織弱体化を狙って当局は、1933年頃から検挙活動を強化・実施、同時に共産党の機関紙「赤旗」の発行体制への切り込みも強化します。共産党にとって機関紙の発行活動というのは、とても重要な活動の一つです。資金源としてもそうですが、この情報紙から一般党員たちは党の方針、共産化活動の考え方を理解・勉強していくのです。当然その機関紙発行が共産党活動にとって大切なことを理解している当局は、一斉検挙の勢いをそのまま「赤旗」の地下製版所の手入れも行い、新聞発行作業を行っている党員たちも検挙していきます。このような国内取締まりの徹底と共に、中国など海外における日本軍の軍事活動の活発化に伴い、日本国内の右翼的思想は一層勢いを増し、その逆に左翼運動の取締まりは一層激しくなります。このような第二次世界大戦に向かう中で遂に戦前の日本共産党は強制解散に追い込まれ党員は当局により思想転向を強制され、結局その活動は、わずか十数年の短命で終わったのです。
ロシアで起こった革命は、遂に日本には訪れませんでした。活動家の希望と焦燥感、そして治安当局の強制捜査、強制される思想転向。。。まさに理想と現実、希望と挫折の物語といえると思います。この作品のところどころに活動家に対する批判や疑問も書き連ねる立花さんですが、一方では、彼らの躓きや挫折を単純に軽蔑するのではなく(その逆に、)彼らに対する深い共感ももってこの作品を書き上げているように感じました。立花さんは別の作品で書いていますが、学生時代に迷いに迷っていたという自分の青春時代に感じた人生に対する真摯な想い(それは、社会の常識を遥かに超えた迷いや迷走も含むもの)と同じ純粋さを彼ら共産主義者の中に見出したのだと思うのです。
本書を読むと、共産主義者の希望、とまどい、そして、迷い、疑念、挫折、、決してかっこいい生き方ではありませんが、彼らが持っていたその純粋さに立花さんは確かに深く共鳴しているのだと感じます。でも彼の凄いのは、その一方で、深く冷徹な知性で共感できない部分に対しては、突き放し手を抜かずに批判を行う、、、。実は自分も知らず知らずのうちに、そういった立花さんの姿勢を共鳴しているのだと思うのです。そこが、ジャンルは問わず彼の作品を読みたくなる動機なのだとこのブログを書きながら強く感じました。
(*)地下活動:実際に地下へ潜るのではなく、公の 監視 から 隠れて 政治等の活動を行うこと。
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