私本太平記(一)~(四)
最近、作家の佐藤優さんの本を読んだのですが、「神皇正統記」(北畠親房)や南北朝の歴史を挙げ、日本の天皇制の流れについて盛んに論じていたのが気になり、自分も鎌倉、室町時代を読んでみようと思い、今回南北朝の争いを描いた「太平記」に挑戦しました。とはいってもいきなり原書(現代語訳付き)をあたっても、苦しいところもあるので、まずは全体の流れを理解するため、吉川英治さんの「私本太平記」を読んでみました。ところで、オリジナルの「太平記」ですが、これは、南北朝時代を舞台に、後醍醐天皇の即位から、鎌倉幕府の滅亡、建武の新政とその崩壊後の南北朝分裂、観応の擾乱、2代将軍足利義詮の死去と細川頼之の管領就任までの1318年 (文保2年)- 1368年(貞治6年)頃までの約50年間を描いた軍記物語で日本の古典の一つです。そして「南北朝時代」というのは、鎌倉時代と室町時代に挟まれる時代で、建武の新政の崩壊を受けた足利尊氏が京都で光明天皇(北朝・持明院統)を擁立。同時に京都を脱出した後醍醐天皇(南朝・大覚寺統)も、自らの朝廷の正統性を主張して互いが激突。日本の各地では、守護や国人たちがそれぞれの利害関係からどちらかの朝廷に与して戦乱に明け暮れたのです。(Wikipediaより)
そして、今回のこの「私本太平記」という作品は先に新聞に連載され、その後書籍化された作品で、上記の古典「太平記」を原作として作家、吉川秀治さんが独自の解釈を加えて発展させた歴史物語です。解説によると吉川さんは、大衆文学(とか国民文学)といったジャンルに分類される作家です。大衆文学というのは、理解する限りでは、例えば山本周五郎や、司馬正太郎のような、日本の歴史に題材を求め、幅広い読者を対象にするため、文章が平易、かつ内容理解が容易、そして人情の機微を丁寧に描き、戦乱の世にあっても、己の運命を全うしようと必死に生きる人々を肯定する描き方をしているように思います。
日本の歴史を勉強する上で私がいつもやるのは、まず自分が興味をもった時代に題材を求めた大衆文学作品を最初に読む。そして、その時代の大まかな流れやその時代に活躍した人物像を理解し、その時代の大枠を頭に入れてから、当時の歴史の専門書にあたる、というものです。この方法の利点は、やはり、年号と出来事をセットに暗記するのとは違って、その時代に苦闘する人間の人生を通して、その時代を理解することが容易になるからです。(とはいっても、大衆文学というのは、万人受けさせる必要上、その物語をよりドラマチックにするため、ある程度史実とは違ったストーリーを創作したり、実在しなかった人物を登場したりとかあるため、あくまでその作家というフィルターを通した史実であることを前提に理解する必要はあるのですが。)
この「私本太平記」(一)~(四)では、足利一族が関東で挙兵した新田義貞と共に北条氏の鎌倉幕府を攻め滅ぼし、その後の南北朝の争いへのクライマックス((五)巻以降)の序章として、若き日の足利尊氏、そのライバル・北条高時が登場。その他、尊氏の終生の家臣となる一色右馬介、自分の利害に忠実で腹黒の尊氏の盟友・佐々木 道誉、そして、後醍醐天皇などが登場。こういった主要登場人物のキャラクターの人間像や今後に発展する彼らの人間関係を丁寧に描写していきます。
その吉川さんの人物描写でまず感じたのは、その女性の描き方です。その代表的なのは、「藤夜叉」という田舎の舞踊楽団のメンバーである女性です。がこの藤夜叉という女性は尊氏の子を妊娠し、その後、彼女、その子とも尊氏に翻弄されるような人生を送ります。この「藤夜叉」というは、この作品をより劇的にするため、吉川さの女性観を実在した人物に投影させたキャラクターになっています。この藤夜叉の他、彼の作品に出てくる女性の多くは(その物語が幕府や宮中を扱っているためか)、公卿や武家の高位の女性が多く、高貴で美しく、一人の男を愛したらその男に一生身を捧げるような、いわゆる古風な女性です(むしろ藤夜叉のような身分の低い女性は例外的)。こういった女性の描き方は純粋、清らかであると同時に、どこか官能的でなまめかしく妖艶でさえあります。(時に嫉妬に狂ったりするこのもある。)しかし、一見、運命に翻弄され(運命に身を任せ)ているように見える彼女たちも強く、自らの運命を全うしようとする芯の強さも持ち合わせているキャラクターとして描いています。(このような女性の描き方は、同じ大衆文学作家でも司馬遼太郎さんなどの女性の描き方とは違った印象を受けます。これは作家・吉川さんの女性観がストレートに出てきているのでしょう。)個人的にはこういった女性の描き方は昭和の男性作家にみられるように思うのですが、今の若者が吉川さんの女性の描き方をどう感じるのか、興味があります。
一方の男たち。彼らは、主君のため、己の名誉のために戦いに明け暮れます。とにかく軍記ものなので、戦いが多く読んでいて退屈はしないのですが、少し冷静になって現代と当時を比較すると、当時の社会の陰惨さが強く感じられます。例えば、武士の中には、天皇側に忠誠をつくし切った楠木正成のような「自己利益」よりも「名誉」を重んじた立派な武士が存在した半面、己の利益中心に行動した武士もけっこう多かったようです。公家である天皇、公卿たちも嫉妬や妬みから権力闘争に明け暮れ、武家の足利尊氏も武力闘争に明け暮れ、その晩年に弟の謀反に会い、骨肉の争いを演じることになります。当時のトップの人々からしてこのようなありさまだったのですから、いわんやその家臣たちや民衆も、常に社会の表と裏を見ながら行動していたであろうことは想像に難くありません。突き詰めていうと、とにかく実力ありきで、常にどちらの側についた方が得か? が彼らの行動原理になっているようで、おそらくは、自分がどのような理想を持っていてもしょせんは、武力でしか変えられない世の中。そして多くの人は、そういった社会を恨みながらも、世の中をどうかえたらいいかわからない。。人々の心の中にはそのような「無常観」とか「諦観」というかあきらめが支配的だったのだと思います。
前にも書きましたが、結局のところ、我々がこういった歴史から学ばなければならいことは、当時のこのような人々の人生の積み重ねの上に我々現代人の社会が存在するということだと思います。吉川さんの描き方は、そいうった乱世において対立する人々のそれぞれの立場を斟酌しながら、どちらが悪いという描き方はせず、ある面では各人をきれいに描いています。こういう描き方は多くの読者に読んでもらう手法として致し方ない、ある面、大衆文学の王道の描き方なのだと感じました。
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