三国志(全8巻)

 横山光輝さんのマンガやゲームでみなさんご存じの「三国志」。時は180年(頃~280年頃)。舞台は中国。後漢末期から群雄割拠を経て三国時代(魏、呉、蜀)が終焉を迎えるまでの三国興亡の歴史物語です。


 もともと「三国志」というお話は中国の講談として伝わっている「三国志演義」がオリジナル。「演義」というのは、「物事を筋道立てて分かりやすく説明する」という意味があり、中国において、伝統的な文語文(漢文)で記述された文言小説に対して、より話し言葉に近い口語体で書かれた白話(はくわ)小説として成立した歴史物語です。


 今回ここで紹介するのは吉川英治さんによる「三国志」です。(現在ではいくつかの日本の人気作家による「三国志」はいくつかありますが、)この吉川版は、そういった日本の人気作家が自らの作家性で解釈した「三国志」の走りとなったものです。「当初は、新聞連載小説として、戦時中の1939年から1943年までほぼ4年間連載され、絶大な人気を博した。基本的なストーリーラインは『三国志演義』に沿いながらも、人物描写においては、日本人向けに大胆にアレンジし、今日までの日本における三国志関連作品へ多大な影響を及ぼした。2014年時点の売上部数は、累計2,000万部を突破した。」(Wikipedia)  


 この「三国志」、100年にわたる中国の数々の野心家、策略家が激動の乱世に覇権を唱えようとする群雄割拠が描かれますが、この物語全体を貫くおおきな柱は、野心家・曹操(そうそう)と良民思いで後漢の再興を願う劉備玄徳(りゅうびげんとく)の対立です。黄巾賊の反乱を鎮めるため後漢の後継を僭称し、天下をわがものにしようとする人心掌握にたけた曹操。そして、後漢の正統な末裔で、しかし今では農民にまで落ちぶれた劉備玄徳、そして彼と義兄弟の契りを交わし彼の後漢再興を助ける関羽と張飛、そして軍師として劉備玄徳を支える諸葛孔明(りょかつこうめい)の4人が「チーム劉備玄徳」の中心となり、曹操に対峙します。


 西暦100年頃から始まるこのお話し。舞台は中国で、また時代も少し違いますが、要旨はなんとなく日本の軍記物(「平家物語」、「太平記」)と同じような感じです。つまり、登場人物たちは「良民を搾取する盗賊を征伐する」とか、「天子(朝廷、天皇)のため」とか「正義のため」とか言いながら、でも結局のところ、戦う動機は己の欲望のため。(とはいっても、しょせん力が正義である弱肉強食の実力世界。己の生存を確保するのにさえ力(武力)がなければなにもできません。弱者を思いやり正義の政治を行いたい、といっても所詮、力がなければ服従するしかなかったのですが。。)


 そうして、表向きは「良民のために良政を施す」、とか「朝廷の家臣として忠誠を誓う」、とかいった大義名分を掲げ、戦を戦い抜く。でもある程度武力で実績を上げると、徐々に己の欲望をむき出しにて、その大きくなった欲望をかなえるため、さらに戦いや裏切りに明け暮れ、自滅していったり、逆に裏切りに合ったり、また、戦況により時には同盟を結び、次にはその同盟関係をひっくり返し敵同士として戦ったり、、、とそんな状況が繰り返し描かれます。そして、最後にはこの「国盗りゲーム」に勝った勝者たちも時代の流れ、栄枯盛衰の定めによりやがては滅んでいき、新興国が勃興していく、、といった感じです。


 そういった己の欲にまみれた野心家連中の中で、唯一、心から「先祖の栄光を再興し、農民たちに良制を施したい」と願い、この中国・国盗りゲームに参加するのが、劉備玄徳とその3人の仲間なのです。(ちなみに劉備玄徳は、物語の終わりに蜀の国王となります。)さきほどこの「三国志」のお話のもとは「三国志演義」という白話小説である、と書きましたが、この三国志は講談という形で民衆に継承されてきた歴史があります。「講談」というのは、講談師(こうだんし)が調子よくリズムをとりながら、歴史物語や武勇伝を観客に語る芸能です。そしてその観客の多くは農民(民衆)つまり社会の弱者たちです。なので、この講談話というのは、民衆が聞き手であり、そのため、歴史物語といってもやはり、民衆の願いや思いが底辺にあります。そして観衆は講談師か語る、弱きを助け強くをくじくヒーロー達に拍手喝さいをおくるわけです。民衆は、出自が自分たちと同じ農民であり、自分たちの苦しみを知っていて、彼らのためにも後漢を再興したい、という動機で曹操と戦う劉備玄徳の活躍に喝采をおくったのでしょう。この劉備玄徳と曹操の二者の対立構図こそ、民衆にとって最適な講談のストーリーなのだと思います。この民衆の願いや想いが「三国志」において(曹操ではなく)劉備玄徳を主役にしている理由なのだと思います。そして、人徳に優れた劉備玄徳と固く義兄弟の契りを結んだ義人の関羽と張飛、そして諸葛孔明の3人は己の立場がいくら苦しくなっても、一瞬たりとも劉備玄徳を裏切ることなく、死ぬまで忠誠をつくし続けます。こういったところにも民衆がこあって欲しいと願う指導者とその部下のあり方(関係性)が(美しく)描かれていると思います。


 実際のところ、単純な国盗り物語でいえば、魏・呉・蜀の三国のうち一番強大で、広大な領地を持つのは魏の曹操であり、一方、主役の劉備玄徳は三国のうち一番領土が小さく、人材の乏しい蜀の王に甘んじます。(つまりこの「三国志」を単純な「戦国時代の国盗りゲーム」と考えれば、一番の勝者は曹操であり、劉備玄徳はどちらかというと、敗者と考えられなくもありません。)また、実際のところでは、策略家であり心身掌握に長けた曹操は、歴史家による指導者としての人物評価が近年高まっています。一方、劉備玄徳は王位継承に失敗(歴史家連中によると彼の息子・劉 禅(りゅうぜん)は無能であった、という評価が多い。)し、また、彼が最後までこだわった後漢の再興という夢も見果てぬ夢で終わってしまい中途半端な形で世を去ります。これには、彼の人生の後半の時代に至っては時代が変わり、民衆が彼を支持しなくたっていた(つまり、玄徳から部下や民衆たちの人心が離れてしまった)からだとも言われています。


 中国の歴史物語で講談調のものには、「三国志」の他、「水滸伝」というのもありますが、こちらもやはり弱気を助け強気をくじく英雄たちのお話です。悪政がまかり通っていた時代にあって、悪官僚の仕業で罪を追った男たちがお互い義兄弟の盃を交わし、山賊のグループを組織し、悪政を行う官僚を叩きのめし、天子から与えられた使命により中国国境を脅かす蛮族どもと戦う、という話です。最後になりますが、この「三国志」のエピソードから「泣いて馬謖を斬る」「三顧の礼」「破竹の勢い」などの有名な故事成語が生まれたことはみなさんご存じの通りです。