池上 彰の教養のススメ

  2012年から東京工業大学の教養コース、リベラルアーツセンターの教授としても活躍されている池上彰氏が「教養」をテーマに同大学の桑子敏雄教授、上田紀行教授、本川達雄教授と行った対談、及び、池上氏自身の「教養」に対する考えを語っているのが本書「池上彰の教養のススメ」です。本書のキーワードはズバリ「教養」("Liberal Arts")です。でもなぜ、今「教養」なのでしょうか?

  それは、1990年代、文部省が大学のカリキュラムを実学(専門学科)一辺倒のものにして、社会の経済成長に直接(目に見えて)寄与する学問のみを学生たちに学ばせようとした時期があったのですが、その後、日本のバブルがはじけ、国際競争力がなくなり、やはり「個の考える力」(教養)が国力の基礎になる、ということが再確認されたからです。今までの右肩上がりの経済成長期に大人になった多くの世代も、これからは右肩上がり一辺倒の経済成長は見込まれなくなった今こそ、「教養」(知の筋力)=「考える力」が必要である、ということなのだと思います。

  本書で大変印象的な事例がありました。それは「ダム建設」や「治水工事」など、全く異なる意見を持つ地域住民の意見の「社会的合意形成」が必要な問題に対し「ギリシア哲学」を使って解決する、という桑子教授の事例(2004年の大阪、淀川水系の木津川上流住民対話集会)です。「桑子教授が取り組んでいるのは、『社会的合意形成』の実践です。社会的合意形成とは、異なる2つの意見の間に立って、双方が合意する第三の意見を創りだすことです。たとえば、ある川でダムを造る計画を行政が立ち上げた。現場の村では計画に賛成するAグループと反対するBグループがいる。この間に立ち、双方の意見を聞きながら、『A=賛成でも B=反対でもない C』という答えを導き出す、というものです。合意とは、妥協でも折衷でもなく、共に形成していくもの。桑子教授の専門は『哲学』。一見、浮世離れした学問です。けれど『人間とはなにか』を問う『哲学』こそは、ダム建設のような賛否両論のある現代社会の難問を解く上で最も役に立つのです。」(P104)

  あと、池上彰氏と上田教授がアメリカの4年制大学(マサチューセッツ工科大学、ウェルズリー女子大(注)、ハーバード大学)を訪問して関係者から「リベラルアーツ」を学生に教える意義について話を聞いてきたことを二人で語り合う最後の章は、一読の価値ありでした。(この辺の内容は以前、紹介した「日本3.0」となんとなく重なりますが、、)東工大では、以前の専門教育偏重主義の反省から教養を徹底的に教える「リベラルアーツセンター」をつくりましたが、そのセンター設立を機に、池上氏と上田氏がアメリカの東海岸の大学へ赴き、アメリカトップの教育機関が、「リベラルアーツ=教養」をどうとらえ、どう教えているのか?を視察したのです。

  池上さん「結論から申し上げます。アメリカの大学がこれほどまでにリベラルアーツ教育に力を入れているとは、想像をはるかに超えていました。しかもリベラルアーツの範囲がものすごく広い。社会科学や文学や哲学はもちろん、美術や音楽に至るまでをカバーしている。総合大学のハーバードや教養教育に徹しているウェルズリーだけでなく、理工系の専門大学というイメージの強いMITまでもがそうだった、というのにとても感動しましたね。」 上田さん「アメリカの大学において教養教育=リベラルアーツを学生に徹底的に叩き込む、というのは基本中の基本なのだということが実感できましたね。」(P316) 池上さん「今回 MITの先生とスタッフにインタビューして、つくづく感じたのは、理系専門大学だからこそ『教養』を重要視していること。その象徴がMITにある音楽教室です。」上田さん「MITの音楽の授業は、理系エリートたちが副専攻として選択するケースが多いそうです。このため、取材した先生からは『MIT交響楽団は全米の大学の中でもトップクラスの演奏技術を誇っているんだよ』と自慢されていました。」池上さん「その先生は『数学と音楽はもともと親和性が高いんです』とも言ってましたね。物理学者のリチャード・P・ファインマンは、打楽器・ボンゴが上手だったそうですし、ノーベル化学賞受賞者のイリヤ・プリゴジンは、大学に入る前、国際的なピアノコンクールで優勝しています。つまり世界トップの理系大学MITは単なる『理系バカ』『専門バカ』を育てる場所ではない。理系の徒でありながら、音楽を、アートを、さまざまなリベラルアーツを本格的に身につけた教養ある若者たちを育てようとしているわけです。」(P319)(そういえば少し前に紹介したアインシュタインもモーツァルト大好きで研究の途中でよくヴァイオリンを演奏していたそうです。)

  上田さん「では、『MITでは、どうやって具体的にリベラルアーツを教えているのか?』先生に訊きました。するとこんな答えが返ってきました。『私たちが学生に教えるべきは、知識そのものではなく、学び続ける姿勢です。』言い換えると、大学4年間で学ぶべきは、知識を暗記すること以上に、学ぶ姿勢であり、学び方 ― how to learn だというのです。」(P324)池上さん「ウェルズリーは『名門女子大』という肩書きから連想される『世間知らずのお嬢様学校』でも『実学志向の専門に特化した学校』でもなく、『リベラルアーツ=教養』を極める、リベラルアーツ教育のお手本のような学校でした。だからカリキュラムも徹底的に教養志向。」(P345)池上さん「ハーバード大学も結論から先に申し上げると、リベラルアーツ=教養の教育には相当に力を入れていました。」(P356)

  うーん。。現代の巨大IT企業「GAFA」(Google、Amazon.com、Facebook、Apple Inc. )のトップ陣も、みなさん、読書家ですし、例えば、自らの著書の中や、ネットで自らの推薦する本リストを随時公開してアップしています。そういった事例を考えるにつけ、「教養を身につける=ビジネスのネタ探し」という考え方ってありかな、と思います。

  では、最後に池上さんが考える「教養について知っておくべき事柄12」を紹介します。

1、「教養」とは、与えられた前提を疑う能力である。 

2、「教養」とは、新しいルールを創造できる能力である。 

3、「教養」とは、あらゆる変化に対応するための能力である。 

4、「教養」とは、すぐに役立たないから、一生役に立つ。

5、 「教養」とは、専門外の分野を学ぶことから始まる。

6、   四の五の言わずに本を沢山読む。

7、 「人間を学ぶ」ためには「歴史」を学べ。

8、   教養とは、つまることろ「人を知る」ということです。

9、   目先の「合理主義」は非合理な結果を招く。

10、教養がない「街」には、人が来ない。

11、教養を学ぶのはテクノロジーを担うものの責務です。

12、本当の教養はムダなものである。

  以上、ここでは一つ一つの言葉を解説しません。興味ある方は本書をご覧ください。

(注):ウェルズリー女子大(Wellesley College)はアメリカきっての有名女子大。ヒラリー・クリントンさん、(アメリカで最初の女性国務長官を務めた)マデレーン・オルブライトさんも卒業した超名門女子大。