人口と日本経済 長寿、イノベーション、経済成長

  これからの日本社会のキーワード「少子高齢化」と日本経済について論じた書籍は本ブログでもいくつかご紹介しましたが、日本の経済学者が書いてベストセラーになった書籍(新書版)があるので、御紹介します「人口と日本経済」(著者/ 吉川 洋氏)です。(吉川氏は、東京大学名誉教授で専攻は「マクロ経済学」です。)

  おそらく私含め、「人口減少」というと、働く人の数が減って、その分の頭数だけ(単純に)日本の経済も良くてゼロ成長(もしくは、金利に従ってマイナス成長)を覚悟しなければならない、と考えている方が多いと思いますが、実はそうではないと、吉川氏は語ります。「問題は需要と供給、二つの面がある。まず、サプライ・サイドを考えよう。働く人の数が減れば、つくられるモノの量も減るに違いない。これはわかりやすい理屈であり、否定すべくもない『鉄壁の理論』であるように思われるかもしれない。しかし、この議論には、実は大きな論理の飛躍があるのである。一国で1年間につくり出されるすべてのモノやサービスの価値の総計を表すのが GDP(国内総生産)だが、その成長率は、決して働き手(労働人口力)の増加率だけで決まるものではない。」

  ここで上の図を参照してください。上の図(本書P74より抜粋)は「明治3年(1870)から100年あまりの日本人の人口と実質GDPの推移を比較したものである。戦後の成長が大きいために図の右半分が目立つが、縮尺を変えて左半分だけ見れば、戦前についてもGDPと人口の成長は大きく乖離していることが分かる。明治の初めから今日まで150年間、経済成長と人口はほとんど関係ない、と言ってよいほど両者は乖離している。実質GDP(経済成長率)と人口の伸び率の差、これが『労働生産性』の成長にほかならない。労働生産性の伸びは、おおむね『1人あたりの所得』の成長に相当する。労働力人口が変わらなくても(あるいは少し減っても)、1人あたりの労働者がつくり出すモノが増えれば(すなわち労働生産性が上昇すれば)、経済成長はプラスになる。」(P74)

  そして、私のような人口減少=労働者の頭数減少分だけ日本の経済成長がマイナスするとイメージしている人に対しては、次のように説明しています。「労働力人口の推移と経済成長を固く結びつけて考える人のイメージは、おそらく労働者が1人1本ずつシャベルやツルハシを持って道路工事をしているような姿なのではないだろうか。そうした経済では、働き手の数が減ればアウトプット(生産物)は必然的に減らざるを得ない。しかし、先進国における経済成長は、労働者がシャベルやツルハシを持って工事をしていたところにブルトーザーが登場するようなものなのだ。こうして労働生産性は上昇する。ひょっとすると、それまで100人でやっていた工事が5人でできるようになるかもしれない。それをもたらすものがイノベーションと資本蓄積(ブルトーザーという機械が発明され、それが建設会社によって工事現場に投入されること)である。」(P76)  

  そして、吉田氏は国の経済全体で労働生産性の上昇をもたらす最大の要因は新しい設備や機会を投入する「資本蓄積」と広い意味での「技術革新」すなわち、イノベーションであるとして、「先進国の経済成長は、シュンペーターが見抜いたように、イノベーションによってもたらされる。その結果、『一人当たり』のGDPが上昇するのである。問題は、経済成長を生み出すイノベーションの性格、中身だ。新しい財やサービスを生み出す『プロダクト・イノベーション』が最も重要な役割を果たす。これが結論である。」といいます。(P150) そして、吉田氏は、「プロダクト・イノベーション」の例として、「経済省統計局の『消費者物価指数』(CPI) は、消費構造の変化を考慮して5年毎に基準時(値?)を改定し、対象とする物品のリストを入れ替えている。このリストに新たに追加されたモノやサービスがプロダクト・イノベーションの成果である」(P153)としています。 その他、プロダクト・イノベーションの例として、ハイブリッド・カーや電気自動車(EV)、身近な例では、大人用紙オムツ、最近、JRや私鉄が行っている 朝夕、ラッシュ時の長距離通勤用の特急列車運行サービスなどを挙げています。また、ハードな技術と並んで、いや場合によってはそれ以上に、ノウハウや経営力などソフトな「技術」が重要として、スターバックスコーヒーの例も紹介しています。「今や文字どおり世界を席巻したスターバックスのコーヒーそのものに、特別優れたハードな『技術』があるとは思えない。成功の秘密は日本では『喫茶店』、ヨーロッパで『カフェ』といってきた店舗空間についての新しい『コンセプト』『マニュアル』」そして『ブランド』といった総合的なソフト・パワーにある。それが国際競争力を持ち付加価値を生むのだから、スターバックスの誕生はまさに『技術進歩』、イノベーションなのである。」(P77)

  「日本の平均寿命、男性80.5歳、女性86.8歳(2015年)は、確かに生物学的に見た限界に近づきつつあるのかもしれない。しかし、なお残る課題として『健康寿命』『生活の質』がある。たとえ21世紀には、先進国で20世紀に生じるような平均寿命の延長がもはや見られないことになるとしても、すでに現実になりつつある超高齢社会において人々が『人間らしく』生きいくためには今なお膨大なプロダクト・イノベーションを必要としている。超高齢化社会においては、医療・介護は言うまでもなく、住宅、交通、流通、さらに1本の筆記具から都市まで、すべてが変わらざるをえないからである。それは、好むと好まざるとにかかわらず、経済成長を通して実現されるものである。逆に、先進国の経済成長を生み出す源泉は、そうしたイノベーションである。」(P185)

  そして、結論として次のように締めくくっています。「問題は、日本の企業が潜在的な需要に応えるようなプロダクト・イノベーションをなしうるか、である。35年後の日本人は、現在の2倍という高い購買力を持っている可能性が高い。そうした高い購買力を持つ彼らは、いったいどのようなモノやサービスを求めるのか。超高齢化社会の姿は誰にも正確には分からない。しかし、社会のすべてが変わると言ってよいような大きな変化が起きることは間違いない、それは数えきれない大小のイノベーションを通して実現される。所得水準が高く、マーケットのサイズが大きく、何よりも超高齢化という問題に直面している日本経済は、実は日本の企業にとって絶好の『実験場』を提供していると言っても過言ではない。人口が減っていく日本国内のマーケットに未来はない、という声をよく耳にするが、超高齢化社会に向けたイノベーションにとって、日本経済は大きな可能性を秘めているのである。」(P187)

  新書サイズの本なので、シロウトでもわかりやすく、要点をうまくまとめていると思います。( 自分的には「人口と実質GDP」のところで論じられていた「労働生産性」のところや、ここには紹介しませんでしたが、吉川氏は「機械の導入に関しては、それは過去の経済成長にプラスになっていた。」と結論付けているのですが、AIとか発達する近未来においても、そういえるのか? もう少し詳しく読みたかった感じもします。また「プロダクト・イノベーション」に関してもっと説明欲しかった感じもしました。)