稲盛和夫の実学 経営と会計

  京セラ、第二電電(現KDDI)創業者、稲盛和夫さんが日本のバブル崩壊が始まったころの1998年に出版しました。稲盛さんはこの本書のまえがきにおいて「日本の多くの経営者が一九八〇年代後半から始まったバブル時代に、その熱狂に踊らされ、過剰投資を繰り返し、そのバブル崩壊後には、不良債権を隠し、業績の悪化を繕うことに努め、その結果、日本の企業経営が、国際的な信用を失い、多くの不祥事を生み出す結果になった。」と話し、その右肩上がりの経済成長期に一部の経営者によって育まれた「会計の数字は自分の都合のいいように操作できる」というような会計に対する誤った考え(稲盛さんはこのような拝金主義的な経営を本書において「虚学」と呼んでいます。)を批判しています。そして、京セラ創業時、会計というものを全く知らなかったところから培ってきた自分の経営哲学をベースにした「会計原則」を「実学」として紹介しているのが本書です。

  本書において、自らの体験から「キャッシュベースの経営」「内部留保を厚くする経営」(モノまたはお金と伝票が必ず一対一の対応を保つ)「一対一の原則」、「あせって最新の設備を導入するのではなく固定費や生産性を重視する考え方」「当座買いの精神」「ダブルチェックの大切さ」などを通して「会計」の大切さを訴えています。「しかし、そのための管理システムは、決して複雑で最先端のものである必要はない。人間として普遍的に正しいことを追求するという経営哲学がベースにあれば、それは『一対一の対応』『ガラス張りの経営』『ダブルチェック』などの原則にもとづくきわめてシンプルでプリミティブなシステムで十分なのである。」(P162)

        また、バブル経済における「財テク」や「投機」に対しては、「一度火傷をしても、過ぎてしまうとたちまちにその痛さを忘れ、同じことを繰り返しているのはなぜだろうか。株や土地がいつまでも上がり続けるとはとうてい思えないのに、自分だけが損をしないと信じ込んでしまう。世の中の動きに煽り立てられると、それに逆らって自分の意志を貫くということは難しいいことなのかもしれない。しかし、多くの社員に対して責任を負う経営者は、他人を見てその真似をするのではなく、あくまでも自分の中にある原理原則や行動の規範に従うべきである。時勢に付和雷同し、流されるような経営をしてはならない。」  続けて、「投機というのは、『ゼロサムゲーム』と言われるように、基本的に誰かがほかの者の犠牲の上に利益を得ることである。だから、もし投機的な利益を得たとしても、それは世の中に対して新たに価値を創り出したことにはならない。本当の経済的価値、すなわち、人間や社会にとってプラスになるような価値は、投機的活動によって増加するわけではないのである。企業の使命は、自由で創意に富んだ活動によって新たな価値を生み出し、人類社会の進歩に貢献することである。このような活動の成果として得られる利益を私は『額に汗して得る利益』と呼び、企業が追求するべき真の利益と考えてる。」(P93)と話します。そして、企業の採算性の向上や社会の経済的発展をもたらすものは「製品やサービスの付加価値」(P121)や、「人間が仕事などを通して創造する新しい経済的価値」(P123)であるとして、「新しい社会的な経済価値の創造こそ会社の使命である、」ことを強調しています。