マクナマラ回顧録 ベトナムの悲劇と教訓

  知の巨人、立花隆さんは本書を自身の書評で次のように書いています。「ケネディ政権、ジョンソン政権の国防長官/マクナマラは、ベトナム戦争が泥沼化していく過程にすべて関与し、ベトナム戦争は『マクナマラの戦争』とすら呼ばれた。そのマクナマラが、『われわれはまちがっていました。ひどくまちがっていました。その理由を、自分達は将来の世代に説明する義務があります。』という立場から書いたのが、この回顧録である。。」(立花隆『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』160頁、より) この立花さんの書評を読んで、本書に興味がわき、読んでみました。

  ところで、皆さんはベトナム戦争ってご存知ですか? ベトナム戦争というのは、第二次世界大戦後の1955年11月から1975年4月のサイゴン陥落まで、北ベトナムと南ベトナムの間で戦われた戦争のことです。 実際には、北ベトナムの背後には、ソ連や中国の支援があり、一方の南ベトナムにはアメリカの支援がありました。1961年、ケネディ大統領は、アイゼンハワーから政権を引き継ぎます。当時、ベトナム周辺国では、ソ連や中国などの共産主義国が勢力を強めていた時期で、アメリカ国内でも、東南アジアにおける共産主義国の脅威が盛んに喧伝されていました。ケネディ大統領は、ベトナムは「ドミノ理論」(*)の最前線であると認識し、南ベトナムに対し、「軍事顧問団」600人の派遣と軍事物資の支援増強を決定します。「軍事顧問団」というのは、実際はゲリラ掃討作戦を行うアメリカ正規軍からなる特殊作戦部隊のことで、その名前は単なる名目上のものでした。このアメリカ軍の南ベトナム派遣は徐々にエスカレートし、ケネディ大統領暗殺後のジョンソン大統領政権でも維持拡大されます。そして、ついには、ニクソン政権においてその派遣規模と死者数は最大化し、ニクソンは、アメリカ軍を南ベトナムから撤退させるという形で戦争の幕引きを行ったのです。

  本書の著者、ロバート・S・マクナマラさんは、ケネディ政権、ジョンソン政権を通して国防長官を務め、ベトナム戦争がどのように拡大化していったのか当時の内情を良く知る人物です。マクナマラさんは国防長官を1968年に辞任、そして、この「回顧録」出版は97年。つまり国防長官を辞めてから29年後に本書を執筆したわけです。本人にとっても、ベトナム戦争の泥沼化に対しては、よほど自責の念があったのでしょう。そのアメリカの負の財産を、将来の世代に語り継ぐべく、出版を決意したのだと思います。通常の回顧録というのは、通常は、主観的に自分の当時の思いを語り尽くすようなスタイルが多いそうですが、マクナマラさんは本書を書くにあたって、当時、自分が国防長官としてベトナム戦争に関わった新聞記事や資料を渉猟し、また、本書執筆中に自分の記憶がはっきりしないところ、不確かな部分は、当時の資料の事実関係をを優先し、常に客観的事実に基づいてベトナム戦争の経緯とその戦争に携わる政治家達の判断、行動を記述していきました。

  マクナマラさんは本書において繰り返し語っていますが、本来、アメリカ政府のベトナムへの対応としては、「この戦争はベトナム人による、ベトナム人のための戦いであり、アメリカはその戦いにおいて、南ベトナム人が主体的に戦う限りにおいて、戦争を援助、後押しする」、というものだったのですが、いつしか、南ベトナム政権は弱体化し、その政権スタッフも自分たちの派閥の生き残りにのみ終始し出します。また、そいうった政権の態度を南ベトナム人民はわかっていて、見放していたのです。その南ベトナムの情勢のすきを突いて北ベトナムは、自国兵士や物資を南ベトナムに送り続け、兵士の勧誘やアメリカと共同で戦う南ベトナム兵の離反を工作していたのです。

  こういったベトナムの情勢を(わかっていたのにもかかわらず)直視しないまま、アメリカ政府は、北ベトナムへ空からの攻撃(北爆)を続けたり、アメリア兵の南ベトナム派遣を拡大して行くのです。しかし、ベトナム国民(の総意)が南ベトナム政権を見放している以上、この戦いの勝敗はすでに決まっていたのです。では、どうして、アメリカは、そのベトナム情勢がわかっていたのにもかかわらず、泥沼化したベトナム戦争へ足を突っ込み続けたのでしょうか? それは、当時のアメリカの(共産主義から)資本主義国家を守るというリーダーとしての立場(プライド)がそれを許さなかったのと、共産主義勢力の拡大をアメリカが必要以上に、誇大に恐れてしまったからです。実は、ベトナム戦争が続く過程で、ソ連と中国は仲は徐々に悪くなりつつあり、また、中国国内では、毛沢東の政策の失敗などで、ベトナムへの共産主義の脅威は減少しつつあったのですが、アメリカはそこまで分析ができなかったのです。(実際、ケネディがベトナム戦争を拡大させてから、ケネディ(暗殺)後のジョンソン政権成立後しばらくまでは、アメリカ国内の世論においては、ベトナムへのアメリカ軍の関与支持が過半数を占めていました。)

  本書を一読して感じたことは、自分達の取った行動の過ちを正直に認められるマクナマラさんって勇気のある人物である、ということと、こういう人物がいることがアメリカの真の意味での強みである、ということです。(例えば、「われらの子ども」の著者/ロバート・パットナムさん、「現代中国の父 鄧小平」(上)(下)の 著者/エズラ・F・ヴォーゲルさん。。。直視しにくい社会情勢や社会問題、自分達と違うイデオロギー体制や人物、、そいういった対象に対して、冷静で、客観的な判断で、事実(成功でも、特に失敗でも)分析し、どこの時点で、何を行ってどのような結果になったいのか(成功、若しくは失敗になったのか)を後進のための教訓として残す。そういった義務感を持ち、行動をとれる人物の思考こそが「真の知性」と呼べるのではないか、と思いました。

(*)ドミノ理論:ある一国が共産主義化すると、ドミノ倒しのようにその周辺国にも共産主義が及ぶという考え。