乃公出でずんば 渋沢栄一伝

  渋沢栄一氏の評伝です。(タイトルの「乃公出(だいこうい)でずんば」とは「他の者に何ができるのか、我が輩が出なければならない」という自らの気概を著す言葉です。)本書の著者は北 康利さん。北 康利さんは、元みずほ証券に勤務されていた方で、2008年(平成20年)6月、みずほ証券を退職。本格的な執筆活動に入ります。2005年(平成17年)、『白洲次郎(*)占領を背負った男』で山本七平賞を受賞。 その後は一貫して、西郷隆盛、福澤諭吉、吉田茂など、偉人の評伝を多く執筆しています。

  ところでみなさんは、昔の偉人に興味を持って、その人の功績や生き方を知りたい場合、どうやって調べますか? もし書籍にあたるならまず、当人が書いた自伝、もしくは伝記あたりを探すことになると思います。しかし、当人が書いた自伝と言うのは意外と客観性がなく主観的なものなので、読んでいても時代背景や当人の偉業がわかりにくい、また、それが本人が大切だと思ってページを割いて書いてるようなことでも、多くの読者が知りたいことではない場合もあり、結果としてよくわからなかったりすることが意外と多いと思います。(自伝は、その人の業績等を勉強した後読むのがいいと思います。)また、伝記というのも、どちらかというと、当人の長所、偉業だけを強調、羅列し、単純化する傾向があるようで、その人物の造詣が浅く、なんとなく手を伸ばしにくい感じがします。

  そういった時、「評伝」と言う形式の人物伝は、当時の参考文献にあたりその人物を研究した著者と言うフィルターを通して描かれるので(ちなみに、北さんは本書の参考文献として巻末に百冊ぐらいを挙げている)、ある程度の客観性が担保され、同時にその時代の勉強もできる良い教材になると思います。例えば、本書においても、始めの方で、「(渋沢氏は)身長は157センチ少々なのだが、足が短いので座っていると大きい人に見える。小太りで、大病をした時でさえ痩せなかった。」なんていう記述もあり、当人は意外と小柄だったんだ、という事実が分かります。

  その評伝作家(というジャンルがあるのかわかりませんが、)の中で最近、私的に買っている作家はこの北 康利さんです。本書において、北さんは、渋沢氏の生まれ、性格、動機、いろいろな人物との出会いを活き活きと描き、その背景となる時代観、社会生活、当時の価値観等など要領よく記述し、その人が行った偉業を(もちろん、その人物の短所を含め)詳述していきます。また、晩年国民がどのように渋沢氏を評価していたのか、も感覚的に理解できます。

  このブログでは、渋沢 栄一氏の「論語と算盤」を先に紹介しましたが、「論語と算盤」と一緒に、本書のような優れた評伝も一緒に読むと、渋沢氏の生き方、考え方が、当人の生きた社会や時代の息吹と共に感じられ、「論語と算盤」に書いてある渋沢氏の言葉がある種の重みをもって、ストレートに感じることができます。また、本書では、渋沢氏と同時代を生きた三井家の番頭、三野村利左衛門、安田銀行を興した安田善次郎、白洲次郎、浅野財閥の浅野総一郎、小林十三、大川平三郎など財界の大物諸氏の活躍も本人の写真付きで紹介され、渋沢氏と彼らがどのような関係にあったのかもわかります。

(*)白洲次郎(しらすじろう):連合国軍占領下の日本で吉田茂の側近として活躍。終戦連絡中央事務局や経済安定本部の次長を経て、商工省の外局として新設された貿易庁の長官を務める。吉田政権崩壊後は、実業家として東北電力の会長を務めるなど多くの企業役員を歴任。(Wikipediaより)