China2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」

  現在の中国の最高指導者、習近平氏は、2012年中国共産党書記長に就任後、最初のスピーチで「強中国夢」(強い中国になるという夢)という言葉を唱えました。(この「強中国夢」という言葉は、当時、ある種の驚きをもって西側諸国に伝えられます。なぜなら、これまでの中国指導者は公式の演説において、夢や希望といった感傷的な言葉を口にすることがなかったからです。同時に国際社会では、何を大きなことを言ってるのか、、とその発言を疑問視する向きも少なくありませんでした。) アメリカのウォール・ストリート・ジャーナル紙はこのスピーチに反応し、トップ記事において「習は、(1949年に)毛沢東が中国に共産主義国を樹立してから100年目にあたる2049年にその夢が実現する、としている。」と報じました。(習氏はこの後、幾度となくこの「強中国夢」をスピーチにおいて繰り返します。)


  ただし、この習氏が唱えたこの「強中国夢」という言葉に対し、今のところ、中国側からは、いつまでに何を達成するとか、外国政策はこうする、という具体案についての言及はありません。しかし、その意味がどのようなものであれ、中国ではそいうったタカ派的な言葉が習氏から発せられた時、その言葉を即座に感覚的に共有(理解)する人が多かったようです。 例えば、2010年に「中国の夢」(著者は人民解放軍大佐/劉 明福氏) というタイトルの本がベストセラーになりました。この本には、どうすれば中国がアメリカを追い越し、世界の最強国になれるのか、が書かれていて、中国が世界秩序において成し遂げる「活性化」を(1949年からスタートして2049年に達成する)100年かかるマラソンに例えて説明しています。

  本書は、その「100年マラソン」の目的とは、中国がアメリカから世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位を奪取することであるとし、その100年マラソンが始まった経緯や、中国がその目的を達するための戦略を解説しています。著者は、かつてパンダハガー(親中派)であったマイケル・ピルズベリー氏。ニクソン大統領からオバマ大統領政権まで対中国防衛政策を担当した方です。


  習 氏のような中国の最高指導者が(自国の)覇権国化を目指すような発言をしたり、国の覇権国化を肯定するような内容の書籍が中国でベストセラ―になるのは、中国人が中国民族としての自信を持ち始め、「世界における中国の存在感をより強いものにしたい」、という強い思いを抱いている証左なのだと思います。中国はその起源を3000年以上の昔にさかのぼり、東は大平原、北は過酷な砂漠、西は険しい山脈に囲まれた土地で、戦争と対立が延々と繰り返され、歴代の王朝や支配者が来ては去り、また来ては去って行った、という歴史を持ちます。そして、かつての14の中国王朝のうち10までがアメリカの歴史全体(アメリカは現在、建国後250年に満たない)より長く続き、ある支配者の栄枯盛衰は1000年に及ぶこともあったのです。そいうった数々の栄枯盛衰が繰り返された自国の長い歴史から、中国人は「自分達が世界の中心である。」という意識をどこかに持っていて、そのためか他国の歴史から学ぶ、ということにあまり熱心ではないようです。(そのような中国の自国中心意識は、昔の韓国、日本に対する中国王朝の外交からもわかります。)


  そういった長い歴史を持つ中国が(彼らの歴史から見れば一時的ではあるにせよ、)19世紀、イギリスをはじめとするヨーロッパの列強国や日本に半植民地化されます。(清に対する)アヘン戦争、治外法権の承認、関税自主権の喪失、片務的最恵国待遇の承認、開港、租借地の設置といった不平等条約の締結。外満州やトルキスタン、香港島・九龍半島、マカオ等の自国支配地域の列強割譲。。。 当然のことながら、このような西洋諸国からの屈辱は、中国の指導者にとって耐えがたいものだったに違いありません。


  当時、中国内に割拠していたいくつかの軍事的・政治的勢力のリーダーの一人、毛沢東は、他の勢力の台頭の抑え込みに成功し、1949年、中華人民共和国樹立を宣言。中国を共産主義化します。そして自国を半植民地化した西側諸国を敵とみなし、自国の共産主義化を通してヨーロッパ列強を凌駕しようと目論見ます。しかし、経済活動に則わない共産主義を進める中で、毛沢東は、大躍進政策の失敗や、文化大革命における権力争いなどに終始し、中国を大国にする夢は頓挫します(*1)。 その後を継いだ鄧小平は、毛沢東の科学を尊重しないプロレタリアート偏重主義や、階級闘争を中心とした共産主義ではダメなことを認め、中国は覇権を唱えない開放路線を取ると宣言。アメリカ、日本などから、先端知識、科学技術、生産管理方法など、国の経済成長に必要なものを(必死で)導入していったわけです。しかし、中国共産党の初代最高指導者、毛沢東が持ち続けた、中国を大国にするという思いや夢は、姿や形を変えつつその後の歴代指導者のDNAの中に綿々と受け継がれていったのだと察せられます。 


  また、歴代の中国指導者は、外国要人との会話の際、中国で古くから伝わる故事や格言、それらを基にした隠喩を用いて相手にこちらの意図をほのめかすことがあります。そこからみても分かる通り、中国の指導者達は、政治術やリーダー論を中国王朝の歴史を通じて学びます。(実際、毛沢東も「資治通鑑」(しじつがん)という戦国時代の兵法を説く古典をはじめ、たくさんの中国の古典を読破していたことは本書や、丹羽 宇一郎さんの本などでも言及されています。)(*2) そいうった中国の指導者が学ぶ兵法の書物の一つに「戦国策」があります。これは戦国時代の逸話をまとめたもので、英訳されたことは今までありませんが、本書の著者、ピルズベリー氏はこの教えの中に、アメリカに対する現在の中国のタカ派政治家達の戦略が見てとれる、と語っています。その教えの一つに「鼎(かなえ)の軽重を問うな」というのがあります。これは本書では、「十分な力をつけ、敵に対峙できるようになるまでは、自分が敵であることを決して悟られてはいけない。」という意味(*3)で説明されていて、現代の中国の政策の中にもこの教えが用いられている、と言います。ピルズベリー氏はこのような中国王朝の歴史を勉強し、本書において「中国の100年マラソンの基礎となる九つの要素」を挙げています。(ここでは列記しません。知りたい方は本書P58をどうぞ。。)


  さらに本書では、中国における(特にアメリカ向け)対外メッセージを発信する工作部門の存在についても言及しています。そこで著者は、2003年にアメリカに亡命したミズ・リー(仮名)を紹介していますが、彼女によると、中国指導者は、外国の中国に対する見方を操作するために(あるいは、外国に中国の本意を悟られないように)、年間120億ドルの予算と膨大な時間とエネルギーを費やして、国内に流れるメッセージを管理し、さらにそういった情報に対しては、海外の大使や諜報機関から絶えずフィードバック情報を集め調整を行っており、そのような対外メッセージを創る過程では、部内のタカ派とハト派が衝突することもあるようです。


  最後になりますが、著者は、シンガポールの前指導者リー・クアンユー氏(*4)の発言ついても言及、その発言を尊重しています。「中国の目的は世界一の大国になることだ。そして、西洋の名誉会員としてではなく、中国人として受け入れられることであり(中略)彼らの思考の中心にあるのは、植民地化とそれがもたらした搾取や屈辱より前の彼らの世界である。(リー・クアンユー)」

  では中国はどうやって世界一になろうとしているのでしょうか?  リー氏は、それは軍事的影響力を行使するのではなく、経済的影響力であるとしています。「アメリカのような超大国に真正面から挑めば中国の平和的台頭は頓挫する。中国の首脳部は、総合的軍事力でアメリカと張り合えば負けることを知っている。」 従って、中国はそれを避け、「(経済的影響力を増すために)頭を垂れ、微笑みながら40年から50年を過ごすことにしたのだ。」と語っています。(「頭を垂れ、微笑みながら、、」というのは、鄧小平氏の平和的開放路線を指しているのでしょうか。。。)

  現在、100年マラソンを進行中の中国ですが、最近では、西側諸国のような民主主義を望む勢力も台頭しています。2049年に向けた100年マラソンを完走するためには、もちろん中国共産党の強力な指導体制の維持が条件になると思いますが、しかし、元伊藤忠商事社長で中国通の 丹羽 宇一郎さんは、2049年までは共産党の指導力は持たず、近い将来、違う勢力が台頭し、中国は連邦共和制のような国になるのではないかと考えています(*5)。 一方、リー・クアンユー氏は「中国で何らかの民主主義が革命が起きると信じているのなら、それは間違いだ。中国人が求めているのは復活した中国である。」と語っています。


  このように近年、中国においてはタカ派的な価値観が台頭し、それにより西側諸国との付き合い方(外交戦略)も変化していますが、将来、その外交戦略も、民主化の動きと共に変化していくのかも知れません。しかし、(というかやはりというか)対中国防衛策を1960年代から研究してきた親中派だった著者が、かつての親中的な考えを翻し、(本書のような)中国警告論を著すということや、リー・クアンユー氏の言葉から考えると(中国において共産党が政権掌握を続ける限り)、本書のメッセージは頭のどこかに留めておく必要があるように感じました。


(*1)毛沢東がキッシンジャーと最後に会談での毛沢東の言葉から、毛が中国を世界一の国にする夢を持っていたことが察せられます。

(*2)「毛沢東の読書生活―秘書がみた思想の源泉」(著者、逢先知)、「中国で考えた2050年の日本と中国」(著者、丹羽 宇一郎)

(*3)「鼎(かなえ)の軽重を問う」:ある人の地位を奪おうとすることのたとえ。また、ある人がその地位にふさわしい能力があるかどうかや、ある地位が実質的な価値を持っているかどうかを疑うことのたとえ。(Wikipediaより)

(*4)書籍「リー・クアンユー世界を語る」より。

(*5)「中国で考えた2050年の日本と中国」(著者、丹羽 宇一郎)