グリーン革命(上)

  グローバリゼーション、環境問題等、現代アメリカ(や世界)が抱える問題を軽妙な語り口とアメリカの伝統的理想主義とポジティブ思考で 「料理」するのがうまいトーマス・フリードマンさんが 2009年に上梓したもので、副題に「温暖化、フラット化、人口過密化する世界」とあるように、グローバル化や新興国(中国、インド、アフリカ)の人口増加などが引き金になって、より深刻化している地球の温暖化現象について問題提起しています。これから我々がどのように考え方を変え生活様式を改めるべきか、いろいろ示唆をあたえてくれる本です。新書ではありませんが、著者、トーマス・フリードマンさんの本書におけるメッセージは今でも全く価値を失っていない(どころか、ますますそのメッセージの価値は輝きを増している)ように感じます。

  フリードマンさんは、アメリカのジャーナリストでニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト。ピューリッツァー賞を3度も受賞し、世界的にも広く知られていて現在は、国際関係、外交政策をメインとして取材を行い現在でも定期的に『ニューヨーク・タイムズ』紙への寄稿を続けている。(Wikipediaより)


  前著、「レクサスとオリーブの木」(上、下)や、「フラット化する世界」(上、下)などでは現代のグローバル化現象について、身近な場所や、世界各国に赴いて取材を行い、彼独自の切り口で、顕在化する問題を読者へわかりやすく示し、自説を展開、格差社会を生む原因ともなっている「グローバリゼーション」を、新しい時代の、万人にチャンスをもたらす、新しい経済活動を促進するものとして、ポジティブに捉えていました。実際のグローバル化という問題は、いろいろ暗い面もあるのですが(例えば、経済学者のジョセフ E.スティグリッツさんが書いたものを読むと、グローバル化により資本の移動が容易になってきている反面、相変わらずの世界銀行の閉鎖的体質、その世界銀行による政策が必ずしもその援助をうける新興国にとって最良のものではなく、むしろ世界銀行関係者、アメリカ、ヨーロッパ先進国の資本家に有利になるようなものになっている現実など、様々な問題があることがわかります。)、しかし、彼独自の軽妙なノリやユーモアのセンス、わかりやすさと明快な語り口、理想主義的考察は、「グローバリゼーション」という世界的、複雑で多面的な問題を理解するための、最良のきっかけを与えてくれるものだと思いまが、そういった彼のプレゼン能力は、この「グリーン革命」においてさらに遺憾なく発揮されています。


   フリードマンさんは「フラット化する世界」で、ITテクノロジー革命と共産主義諸国の崩壊で、あらゆる情報が世界中を駆け巡る素地が完成し、特に経済面では、世界的な共通規格の市場ができあがり、世界中のさまざまな人々が、その市場に参加することが可能となり、競争や協調などで人間活動がグローバル化することにより、その影響も文化、政治、経済、環境などさまざまな分野に広がっている、と論じました。彼は、「フラット化する世界」を書き終えた後、いろいろ取材を続けるうちに、世界的なグローバル化や新興諸国での爆発的人口増加、経済成長による富の流入が引き起こす大勢の人々のライフスタイルの向上(アメリカ化)、消費主義志向などが、エネルギー供給のひっ迫を招き、石油産油国の独裁体制を進めている状況を危惧し、さらには、人類の経済活動が、動植物の絶滅や天候異変を加速していると考え、本書において「地球温暖化」という主題に取り組んだのです。


  彼は「地球温暖化」という複雑に入り組んだ問題にどう取り組むか、が これからの我々の「クオリティ・オブ・ライフ」を左右し、同時にその解決は、現代を生きる我々にとって最もやりがいのある課題になる、と語ります。 ちなみに本書のタイトルでもある「グリーン革命」とは、「温暖化、フラット化、人口過密化」が加速する世界において、(環境問題解決の)ツール、システム、エネルギー源、倫理を創り出し、世界をクリーンにして、持続可能なやり方で成長させる(化石燃料依存から脱却するための)意識変革や成長戦略のことを指します。


  また、エネルギー問題の権威であるデビット・ロスコフの言葉を引用し、「今我々はエネルギー気候元年」という境界線内に入りつつある、と語ります。よく「新時代」を形容する言葉として、「なになに” 後 ”」 とか「 ” ポスト ” なになに、、」という言い方をしますが、「私たちは、まったく新しい時代の前にいて、そこではいろいろな変化が想像を凌駕し、多岐に渡る領域に及んで発生している。(中略)この時代の変化点では、進歩が促進され、新しい機構が生み出され、勝者、敗者をはっきりさせる。市民革命、産業革命、IT革命、、など、物事が変わり始める変化点では、それが持つ深い意味を最初は理解できないが、その変化を理解し、難問を解決した国はその後の時代をリードする。」


  この化石燃料依存から脱却するための「グリーン」戦略を展開していくことは、そこにビジネスチャンスが広がっていることも意味します。 フリードマンさんは次のように語っています。「産業革命以来ずっと進化してきて、私たちをエネルギー気候元年に突入させた化石燃料を基本とするエネルギー・システムを、人類はもはや成長の原動力にはできない。それを使えば、地球の気候、森林、河川、大洋、生態系がどんどん破壊されてしまう。私たちの地球を損なうことなく経済を推進して、もっと多くの人を貧困から救い出すには、新しいグリーンエネルギー・システムが必要だ。グリーンパワー・テクノロジーを創造して、広める国、コミュニティ、企業は未来の世界経済で主要な地位を得るだろう。」


  日本でもやっと「第6次エネルギー基本計画」(*)(2021年10月策定)において、2030年における電源構成に占める再生可能エネルギーの想定比率を36%~38%へと引き上げ、主力電源化することを閣議決定しましたが、実際には、まだまだ「脱化石燃料」という意識は、一般的には広がりを見せていないようです。昨年、マイクロソフトの創業者のビル・ゲイツさんが上梓した「地球の未来のため僕が決断したこと」でも、我々がいかにこれまで化石燃料主体のエネルギーに依存してきたか、そこから脱却するのがいかに難しいか、が書かれています。実際、我々は日常生活において、ものをつくる、調理する、あたためる、そだてる、移動する、、、そのほとんどを行うために必要なエネルギーをつくるのに、化石燃料に頼っているからです。

  

  しかし、フリードマンさんは、「もはやこのつけを、子供たちのクレジット・カードにまわすことはできない。母なる自然、国際社会、顧客、隣人、子供達、従業員、みんなが、あなたの会社や国で生産するものすべての “ 所有権の総コスト” を払うよう要求するだろう。」と話します。(この「総コスト」というのは、おそらく、経済活動を行うことで排出されるCo2を削減するための費用のことでしょう。) フリードマンさんは、我々がすぐに何か策を講じないと、我々の子供達の世代がつけを払わなければならなくなる理由を二つ挙げています。


  一つは(化石燃料)エネルギーの需要と供給、石油独裁主義、気候変動、エネルギー貧困、生物多様性の喪失など、我々の経済活動が起こした(起こしている)問題がすでに「ティッピング・ポイント」(臨界点)を超えていること。 「もうクッションは残されていない。隠れ場所はどこにもない。ゴミを捨てる緑の平原はなく、漁業資源を獲り過ぎても心配ない大洋も、いくらかでも切り倒せる森林もない。私たちの生活様式が地球の気候や生物多様性にあたえる影響を、『外的要因』としたり、無視したりできないような段階に達している。私たちの環境貯金は底をついたのだ。いま払うか、あとで払うか、という問題ではない。いま払わなかったら、あとで払うことはできなくなる。」


  もう一つの理由は、「こうした物事のつけが、目に見え、算定でき、逃れられなくなっていることだ。」 これは、地球温暖化が、科学的根拠をもって検証でき、その証拠となる現象が世界中で散見されることを指しています。 「要するに『グリーン(革命)』は、たんなる流行語や宣伝文句ではなく、まして10年後に見返りの可能性のある善行でもない。(中略)すべての真のコストを勘定に入れれば『グリーン』は、最も賢明で、効率的で、コストの安い方法になる。『グリーン』はクリエイティブからより良い方法に、選択肢から必須に、流行語から勝つための戦略に、解決できない難題から巨大なビジネスチャンスへと変わりつつある。」(P258) フリードマンさんのグリーン革命に対するビジョンは、単なるエネルギー市場の活性化に留まるものではありません。彼は「グリーン革命」で主導権を握ったものが、今後50年にわたり、国の経済的地位、環境の健全性、エネルギー安全保障、国家安全保障の尺度を定めることになる、と確信しています。また、投資会社パイパー・ジャフレーの取締役、ロイス・クアムさんも「グリーン経済は、すべての市場の母体、一生に一度という経済投資の好機になっています。地球温暖化という問題は、私たちみんなにとって、今後の投資と成長から大きなリターンを得るビジネスチャンスになっています。これと同じような経済変革は、産業革命のほかにはありません。」と話します。 


  日本では少子高齢化が進み人口減少が顕在化している中、経済においていろいろな市場がこれから縮小していきます。この中で、「グリーン戦略」は数少ない有望な市場開拓の原動力となるかも知れませんね。この「グリーン革命」は、再生可能エネルギーに関心のある人には一読の価値があると思います。尚、本書には「増補改訂版」(下)もあります。(「増補改訂版」も基本的なメッセージは本書と変わりませんが、内容構成をより綿密にして、作者のメッセージに沿ったものにしている印象を受けました。)


(*)エネルギー基本計画:中長期的に日本のエネルギー政策をどのような方向へ進めていくかという基本方針を示す