グリーン革命(下)No.2

  著者、トーマス・フリードマンさんは、現在の「グリーン戦略」の分野においては何よりも、技術的なブレークスルー、それも段階的なものではなく、幾何級数的なブレークスルーが必要だと話します。「(漸進的なブレークスルーは起きているものの)残念なことに、私たちはまだその特効薬を見つけていない。風力、太陽光、地熱、太陽熱、水素、セルロース系エタノールといった、これまでの進歩は漸進的なもので、その他のエネルギー源でもブレークスルーは見られない。(中略)だから、グリーン革命は何よりもまずブレークスルーの問題なのだ。」


  では、どうして再生可能エネルギーやエネルギー効率の分野で、飛躍的なブレークスルーが起きないのでしょうか。。。 フリードマンさんは二つ指摘しています。一つは、「物理学、化学、熱力学、ナノテクノロジー、生物学のそれぞれの研究領域に、現在は境界線がはっきり、引かれている。こういった研究分野の限界を打ち破る努力が必要とされる。」 つまり、それぞれの研究分野で、これまで独自に深堀していた研究開発を、それぞれの長所をミックスしていくような方法が必要なのでしょう。 二つ目は、まだ我々は本気になって、再生可能エネルギーの研究開発に取り組んでいない、ということです。 「(イノベーションを起こすための)基本的要件すら設定されていない。新しい電力システム構築を奨励するための、政策、優遇税制、抑制のための税制、規制を組み合わせた対策がとられていない。既存のクリーンパワー・テクノロジーを普及させ、コスト的に優位になる促を速め、ガレージや研究室でイノベーションを無制限に競争する、といった状況をつくりだす対策が存在しない。」ことを挙げ、これはいくら強調してもし足りない、と語ります。(P48)


  でもこれは致し方ないですね。 なぜなら、石炭は、産業革命の頃から使われ始めてますし、ロックフェラーがアメリカで石油開発をはじめスタンダード・オイルを創業したのが、19世紀後半。再生可能エネルギーの開発はせいぜい20世紀後半のオイル・ショックの頃始まったのですから、化石燃料は人類の産業の進歩のために発展してきた、1世紀以上もの時間的優位がある。でも、人間の歴史を見ればわかりますが、人間は必要に迫られると必ずイノベーションを起こし、そのイノベーションから新機軸の発明の実用化には、しばらく段階的なステップを踏みますが、そのステップが進むにつれ、その進歩は 幾何級数的に加速していく性質を持っていると思います。むしろ大切なのことは、この後説明しますが、これまでの化石燃料由来のエネルギー産業界や、産油国、化石燃料由来の巨大産業から政治資金をもらっている政治家たちの圧力。つまり、旧エネルギー産業体制の支配を維持しようとし、再生可能エネルギー産業の育つ素地を阻む体質をいかに排除し、市場原理に任せた開発競争を促進させるか、が大切だと思います。。


  さて、化石燃料由来のエネルギー企業ですが、「エネルギー政策は国家にとって重要だから、」という理由で特別扱いを受けていた(受けている)ため、エネルギー市場というのは、競争原理が機能する資本主義市場においては、かなり特殊で、保守的な市場になっていて、そこで営業活動を行うエネルギー企業もかなり特殊な体質を持っています。簡単に言えば、「電力と政治」(上)で紹介した東京電力のようなものです。フリードマンさんは、ビジネスコンサルティング会社の社長/ニューヨーク市立大学講師のエドワード・ゴールドバーグの言葉を引用。「エネルギー企業は、イノベーションの原則を勝手に無視することができる。新テクノロジーが既存のテクノロジーに取って変わるのは『より安いか、あるいは顧客により使い勝手が良いかだ』という原則が、ここでは通用しない。エネルギー企業は、『新しさ』を生み出そうとする市場の必然を、顧みなくとも利益の大部分を石油という『部品』を調達することで得られるので、存続のために競争力の強いイノベーションを追求する必要はない。彼らは市場により罰せられることもなく、アメリカの資本主義を推し進めている市場の変化を好きなように無視できる。」(P58) このような状況を打破するためには、政府による税制や優遇策の拡充を行い、民間企業や大学の研究開発、商品化を促進させ「グリーン」なパワー・テクノロジーの需要を高め、市場に価格シグナル、というメッセージを送り活性化させることが重要だ、とフリードマンさんは話します。


  そして何より、改革が必要なのは、化石燃料や化石燃料由来システムから権益を享受する保守派です。「この旧来のシステムの産業は、自分達の縄張りを護り、アメリカのエネルギーインフラ支配を維持しようとしている。経営幹部や従業員、その企業を支援する政治家が、雇用や地域社会を護ろうとするのは、まだましな方だ。最悪な場合には貧欲な企業が利益の母体を護ろうとして、(タバコのように)社会や地球に害があるとわかっている製品でも製造し続ける。いずれにせよエネルギー政策決定にかかわりがある時、この連中はイカサマを仕掛ける。事実をゆがめ、数多くの新聞やテレビに消費者を惑わす広告を載せ、政治家を買収する。すべては汚い燃料システムを維持するためだ。そういう働きかけが、政策決定にも影響を及ぼしている。」と手厳しく批判しています。 「アメリカには国家エネルギー戦略というものがなく、『ロビー活動の総和』があるだけだ。そこでは、運動資金を多く集めたことができた圧力団体が勝利を収める。こういう状況では、首尾一貫した実用的長期戦略を生み出すことは難しい。」(P242)


  しかし、フリードマンさんは真のグリーン革命を達成するための難しさは別のところにもあると言います。それはそのグリーン革命を必要とする人々(つまり、未来の我々の子孫)が今、存在しない、ということです。「グリーン革命を活気づけるにあたって最大の難関は、気候変動によってもっとも大きな影響を受けるのが、おそらく『私たち』ではない、ということだろう。エネルギーと天然資源の需要と供給、石油独裁主義、気候変動、エネルギー貧困、生物多様性の喪失によってもっとも大きな影響を受ける恐れのある人々は、まだ生まれていない。だからグリーンを支持する政治家に投票することもできない。これまでの歴史では、政治改革運動は、持たざる人々、特定の政策や状況によってマイナスの影響を受け、あるいは不当に傷つけられた人々が、無視できないような数に増え、民主的な制度のもとで重みを持つようになったときに発生している。ジョン・ホプキンス大学のマイケル・マンデルバーム教授は言う。『ここでは現在と未来とが対決する。いまの世代と子供やまだ生まれていない孫が。』 問題は、未来は組織化できないことだ。労働者は組織を作って労働者の権利を護る。年配者は団結してヘルスケアを受ける。だが、未来はどうにも組織化できない。ロビー活動ができない。抗議行動ができない。」(P283)


  現代の民主主義では、選挙(間接選挙)をおこない、その選挙によって勝った候補者が国民から信任を得、その候補者が一定期間(だいたい2~5年ぐらい)政治を行いますが、この政治代表が活動する数年で入替わるサイクルも、実は地球温暖化問題を解決するには効率的ではありません。なぜなら信任された政治家はその数年の信任期間のみに焦点を当て、選挙民の利益を最大化するために行動するからです。つまり、2年~5年という短いスパンで選挙民が期待する成果を最大化することが政治家の役目になってしまうので、①. 気候変動という何十年先にまで影響を及ぼす大問題に対して効率的に対処ができない。②. 有権者がその期間中、気候変動を政治家に解決してもらいたい優先度の高い問題としない限り、政治家にとっては優先度の低い問題で終わってしまう可能性が大きいのです。そのため、環境問題については、これからの地球温暖化の影響を受ける、地球で人生の長い期間を過ごす今の子供達に参政権を与えるべきだ、と考える学者さんもいるくらいです。


  最後にフリードマンさんの結びの言葉をそのまま引用します。「私たちは、エネルギー気候元年の第一世代のアメリカ人である。エネルギー、気候、自然の保護と保存などの難問にどう対処するかで、子孫は私たちが何者であるかを判断する。なんだかんだいっても結局、私は楽天家で、この難問に私たちが立ち向かうと思っている。子供や孫がもっとクリーンで安全で持続可能な世界で暮らすことになるはずだと確信している。なぜか? 現在のテクノロジーは、これまでになく頭脳の力を結合して強力にすることができるからだ。そのため、問題解決にじかに協力できない地域もすべて議論の場に引き込まれる。これがものすごく重要だし、なんとかやれると私が確信している理由でもある。ただ一つの疑問は、どれだけ早く取り掛かれるか、ということだ。(中略)私たちはふたたび移住者になった。新しいメイフラワー号で航海している。あらたな岸辺を目指している。それを発見できなかったら、私たちは絶滅危惧種の一つにすぎなくなる。だが、この難問に立ち向かい、グリーンを再定義し、アメリカを再発見し、再生し、再建すれば、私たちも世界も、温暖化、フラット化、人口過密化する世界で生き延びるばかりか、繫栄することができるだろう。」(P340)(増補改訂版)


  ご存知の方もいるかと思いますが、オバマ元アメリカ大統領も本書の愛読者の一人で、読後「21世紀を制するのは、グリーン・テクノロジーとグリーン・エネルギーで主導権を握った国である。」と語りました。(出版元、日本経済新聞出版社のネット広告より)