最強脳

   「スマホ脳」の著者、アンデシュ・ハンセンさんの最新作です。ハンセンさんは1974年、スウェーデンのストックホルム生まれ。名門カロリンスカ医科大学で医学を学んだスェーデンの国民的人気の精神科医です。前作「スマホ脳」では、我々の脳の機能を解説しながら、我々が日常使っているスマホが、我々の集中力をなくし、自制心を阻害し、睡眠不足や精神的な不調を引き起こすことなどが語られていました。本書は、そのハンセンさんが我々の脳のために良いことを実践する方法をわかりやすく解説してくれます。もともとは小中学生向けの内容のものを日本では、新書版として出版したものなので、わかりやすいのではありますが、正直物足りなさも感じました。とはいうものの、脳という器官はその部分部分が相互的に複雑に機能しているので、このぐらいの表現で脳の機能を語ってくれると脳科学専門の学生ではない、一般の読者にとっては、とっつき易いかも知れません。


  本書では、我々の脳を強化する一番いい方法が語られています。ではそれはなんでしょうか。。。 それは「運動」です。運動はあらゆる認知機能を高めてくれることがわかっています、また、発想力も豊かにする効果もあります。さらには記憶力、集中力も高めてくれます。しかし、それだけではありません。運動することで睡眠の質も高まる。また、精神性的イライラがなくなり、ストレスに強くなり、不機嫌でいることも減ります。それは、一緒にいる人たちへ好印象をもたらすきっかけになるかもしれません。


  例えば、一時期日本ラグビー代表選手の五郎丸歩さんの活躍が話題になって、スポーツニュースなどでたびたび、インタビューを取り上げていましたが、彼の受け答えは、いつも笑顔で、温和。緊張せず、語り口も滑らかでとても好印象でした。彼のあの精神的な安定感も、もしかしたら毎日の練習で鍛え上げ、レベルアップした脳が彼のコミュニケーション能力を高めているのかもしれませんね。彼だけではないと思います。野球選手やサッカー選手で、インタビューの受け答えが実に爽やかな人たちがよくテレビに登場します。彼らもテレビに出るから、そう取り繕っているのではなく、いつもの地からの性格がでているのだと感じます。メジャーリーグの大谷翔平選手なんかも見ていてカッコいいし、インタビューの受け答えも爽やか、礼儀よさそうですよね。。。


  では、なぜ運動が我々の脳の機能を高める効果があるのでしょうか。。

  それは、我々現生人類の御先祖様の暮らしていた生活を考える必要があります。我々の御先祖様は、その生活の大半をアフリカのサバンナの草原のようなところで狩猟生活をして暮らしていました。一日の大半を、狂暴な動物を狩猟したり、木の実を集めたりして生活していました。つまりこういった生活では常に体を動かして(運動して)ないといないと生きていけないのです。こういった生活では常にカロリーの摂取が必要でした。ですから現代でも、我々はつい高カロリーだとわかっていてもつい、ポテトチップスに手が行ってしまいますし、逆に低カロリーの食事でもなんとなく味気ない、と思って手が遠のいてしまうことがあります。これは、我々のDNAの中に御先祖様の生活様式が記憶として残っているためです。また、サバンナの草原で生活していれば、男たちは日中は集団で獲物を狩るために必要な道具をつくり、作戦を立て、狩猟していたのでしょう。一方女たちは、互いの子供達や高齢者を外敵から守りお互いが一つの社会で快適に生活できる能力を高めるために、感受性を高め、感情を細やかにしていったのでしょう。


  ハンセンさんは、本書で、人間の歴史を一日24時間に置き換えて語っているところがあります。(P77) これによると、我々、現生人類の御先祖が(登場してから)農耕を始めたのは、一日のほとんど終りに近い、23時40分00秒。イギリスで産業革命が始まったのがなんと23時59分40秒。インターネットを含めたデジタル時代に突入したのは、一日の終わるわずか1秒前の23時59分59秒です。 つまり、我々の御先祖様が、農耕を始め、狩猟生活から抜け出したのが、一日の終わりのわずか20分前です。つまり人類の歴史の大半は、「サバンナ脳」に適した生活をしていたのです。このように考えると、いくら「人類の進歩」、とか「生活の多様性」と言って、文明を進化させ、生活を複雑にしていっても、我々の精神や体(つまり、昔からの我々のDNAが記憶している「サバンナ脳」の生活)は、その多様性、複雑性についていけないことが直感的にわかると思います。

  

  ハンセンさんは、また、「ヒトの記憶の容量は驚くほど大きく、少なくとも1ペタバイト(=百万ギガバイト)はある。(本がいっぱいつまった図書館1万軒分の量にもなる。)」と話します。(P173) しかしながら、ヒトは体験したことのすべてを記憶しているわけではありません。どうしてかというと、ヒトは体験したことの全てを記憶すると、大切な時に重要な記憶を呼び戻すことが出来なくなりますし、「痛み」などの記憶したくない経験(出産時の痛みなど)はその記憶から削除するようにできているからです。しかし、現代の生活においては記憶力が必要な時もあります。この記憶力を高めるのもやはり、「運動」が効果的なのです。


  子供の頃、先生や大人たちはよく「文武両立」ということを口にしていましたが、これは、どちらかというと「勉強もスポーツもできることが学習の最終目標」である、といったニュアンスが含まれてきたと思います。しかし、この言葉を、現代の科学で言い直すと「体を動かすことで、精神的にも安定し、勉強に必要な集中力も向上する。」というところでしょうか。。人生100年時代を迎え、我々も脳の機能を維持し続ける必要がありそうです。そのためにも、毎日の生活の中に「運動」をうまく取り入れたいものだと思います。