型やぶりのコーチング

  ラグビー元日本代表監督/平尾誠二さんと経営学者/金井壽宏さんの部下指導法に関するインタビューです。個人的にラグビーというスポーツには無知で、平尾さんという人もたまにスポーツ・ニュースでその名前を聞く程度だったのですが、本書のインタビューにおいて平尾さんが展開するコーチングに関する持論、方法論については「目から鱗」という言葉がぴったりするぐらい感心しました。ラグビーというと、男性の中でもとりわけ体格が大きく身体能力にも優れた、正に選ばれた体躯を持つ者のスポーツという感じがして、しかもその指導法も、昔ながらの家父長的なコーチの言葉に逆らわず、言われた通りの練習メニューを黙々とこなす、、というイメージがあったので、本書も購入はしたものの、以前から積読状態だったのですが、本の帯に「『何度言ったらわかるんだ』と言わなくても人は動く。」という言葉が、私の目に引っ掛かり、なんとなくその言葉に惹かれ今回読んだのですが、上記したよう指導法「コーチング」に関する平尾さんの常葉はとても新鮮で、言い換えるなら、現代の指導法の最先端を行っている、とさえ感じました。


  以下、今回感銘を受けたところをいくつか書きます。まず平尾さんは、昔の選手と現代の選手の違いに言及します。「昔の選手が鋼(はがね)なら、今の選手の心はまるでガラス細工のように繊細です。」 ですから、今の選手は、叱るよりまず、褒めて自信をもたせ、一人一人の反発係数を見極めて、(心が)壊れないよう強さを加減して、少しずつ強度を加えていくような叱り方が重要なのです。


  次に指導者ですが、日本のスポーツ界には今でも「型」から教える指導者が多いようです。一方メジャーリーグでは、投手も打者もそれぞれが独特のフォームで投げたり、打ったりする選手が多くいます。これを平尾さんは、世阿弥の「守・破・離」の教えを挙げ、日本の指導者は「守」で終わってしまっていて、その次の段階に到達できていない。また、型は教えるけど型の意味は教えない、という特徴がみられる。特に、高齢の指導者にはその特徴が今だ見られ、伝統を継承していくのが自分の仕事なのだと思い込み(極端な言い方をすれば)、やり方を教えるだけで質問はさせない、と言います。金井さんはこれは日本の教育にもあてはまると話します。そして平尾さんの意見を肯定し「生意気に聞こえる根本的な質問は許さない、と思わせてしまう空気が日本の組織にはある」と指摘します。


  これ以外にも、今の(これまでの)日本のスポーツ(ひいては教育の)世界において、精神論に傾いていた指導論、教育論に言及し、単に教える者の指導を教えられる者に与えるのではなく、(逆に)教えられる立場の者に立って指導を行う方が重要であることをお二人がそれぞれの持論を展開し合っているのが、とても新鮮でした。


  特に本書で感銘を受けたことは、平尾さんの、指導における「言葉選び」の感性がとても優れていることです。指導においては、言葉(コミュニケーション)が介在しそれを上司や指導者が話し、それを部下あるいは、選手が聞くわけですが、これを平尾さんは、言葉を伝達する「発信機」と「受信機」に例えて話します。平尾さんは発信する側(指導者)の言葉選びも大切だが、それと同じように「受信機」(つまり選手側の聞く力)の性能(感度)を高めることが必要だと話します。では、受信機の精度を高めるにはどうすれば良いのでしょう。平尾さんは「これは、簡単。こちら側の受信機の性能を上げればいいのです。つまり、選手の話をよく聞くこと。自分の話をきちんと聞いてくれるとわかれば、選手の方からいろいろ話をしてくれます。」つまり、興味や関心があれば、選手の方からこちらの話に自然と耳を傾けるようになるのです。これを平尾さんは「受信機の精度が上がる。」と表現しています。


  では、我々世代でスポーツにおいて大切だと言われていた心のあり様である「根性」について、平尾さんはどのように考えているんでしょうか。。平尾さんは「根性」については、根性(という心の積極的な姿勢)は、無意味なことをやらせてつけさせるものではない。(つまり、「型」をつける大切さも説明せず、単に型をつけろといっても意味がない、と言っているのです。)その意味や目標を選手が理解し、それに向かって選手が努力していく過程で自然に育つものだと説明します。


  平尾さんは、コーチングには、「コミュニケーション能力」が必須だと言います。では、そのコミュニケーション能力とはどうしたら獲得できるのでしょうか。。。それは、相手の立場に立つこと。自分だったらどのように表現されたら頑張れるか、何と言われたら「よし、やってやろう」という気持ちになるか、、このように考えればうまくなる確率は高くなるのです。なぜなら、人は心の底から納得しないと変われないものだからなのです。


  では、最後にコーチングの究極の目的である一流の人間を育てることについてですが、(当然ですが)全ての人間が一流になれるわけではないと平尾さんは考えています。では、一流になれる人間とはどのような素質も持った人なのでしょうか。。平尾さんは次のように話します。「それが好きでたまらないか、それにやりがいを感じているか、少なくともやっている意味が分かっている人間でないと一流にはなれない。」


  以上、本書から特に心に残った平尾さんの言葉を抜粋しました。平尾さんはテレビドラマ「スクール・ウォーズ」(TBS系、1984年~放送)のモデルになった京都市立伏見工業高等学校のラグビー部主将を務め、その後日本代表にも選ばれた方ですが、当時の伏見工業というのは今で言う「超ヤンキー高校」で、当時のラグビー監督だった山口良治さんもほとほと手を焼いた生徒さんたちだったそうですが、そのような厳しい環境から日本代表になった平尾さん。それだけに本書から溢れ出る平尾さんの言葉の感性とのギャップには驚きでした。スポーツ指導者、会社で部下を持つ上司のみなさんもそうですが、特にお子さんをもつご両親に特におすすめです。