キャズム

      みなさんは本書タイトルの「キャズム」(Chasm)という言葉ご存知ですか?? 

  皆さんが仮に、ハイテク商品会社の営業部隊だとします。当然皆さんは、ハイテク製品で市場制覇を目指します。そのハイテク製品市場 (正確には「不連続(新技術による)イノベーション」によって開発された製品市場)には、テクノロジーのライフサイクルとそのライフサイクルの各段階でターゲットとすべき顧客が存在します。「キャズム」とは、そのライフサイクルの各層の間に存在する「溝」のことです。つまり、ハイテク商品で市場制覇を目的とする時、営業部隊が越えなければならない障害なのです。

  本書の出版(初版は1991年)以後、この「キャズム理論」はいろいろなMBAコースで教えられ、ビジネス用語としても定着しました。

  まず、本書表紙(上の写真参照)の白帯部分のイラスト(中央が山状になっている曲線)をご覧ください。このイラスト(図)はハイテク市場において製品が受け入れられていくプロセスと、その過程において(その商品を支持する)顧客層がどのように変遷するかを捉えたベル・カーブです。

  ハイテク市場のライフサイクルにはいくつかの段階があり、その段階により、製品バイヤー(購入者)にはそれぞれ特徴がります。初期のライフサイクルは新しいもの好きな ①ハイテクオタク、その後のバイヤーは、製品の理念に共感して購入を決める ②「ビジョン先行」派。そして、その製品が徐々に認められると購入を決め出す ③「価格と品質重視」派」。それに続くのが、当該製品の市場占有率におけるスケールメリットを何より重視する ④「みんな使っているから」派。最後は ⑤ハイテク嫌い(ハイテク苦手だけど、まわりの連中が使っているからと、遅まきながら購入する人々。)。

  上の写真でも確認できますが、①から⑤の各段階にはそれぞれキャズムが存在します。そして、特に大きく深いキャズムは②と③の間に存在します。

  本書において著者( ジェフリー・ムーア)がハイテク市場におけるこの ①~⑤ の顧客獲得の市場戦略を、第二次世界大戦の連合国軍の「ノルマンディー上陸作戦」に例えてわかりやすく解説している箇所があるので、以下、そのまま引用します。

  「我々の目標は、ライバル(枢軸国)が守りを固めている、メインストリーム市場に進出し、そこを支配下に置くことである。メインストリーム市場をライバルから奪い取るには、自社の製品だけでなく、他社(連合国)の応援も得て侵攻部隊を編成しなければならない。新市場に進出するときの最初の目標は、初期市場の顧客(イギリス)からメインストリーム市場の戦略的マーケット・セグメント(ノルマンディー海岸)に戦力を移すことである。

       しかし、そこにはキャズム(イギリス海峡)が待ち構えている。(上記の②と③に間のキャズムを指します。)侵攻部隊は攻略の日(Dデー)に持てる力を総動員して一気呵成に(この)キャズムを越えなければならない。そして、いったんターゲットとするニッチマーケットからライバルを追い払ったら、(橋頭保としてのノルマンディーを占領したら)、次なるマーケットセグメントの支配(フランス各地区の開放)に向けてさらに侵攻し、全市場の支配(ヨーロッパの開放)を目指すのである。」 

  (ところで、「ノルマンディー上陸作戦」というのは、第二次世界大戦時、ドイツがナチスによる独裁政治を目指し、ヨーロッパ全土に領土拡大しようとするのに対抗してイギリス、アメリカなどの連合軍が、イギリス海峡を渡って(当時)ドイツ軍の占領下のフランス、ノルマンディーに上陸し、そこを橋頭堡として北西ヨーロッパへ進撃を進めた侵攻作戦 (最終的にはパリ解放を目指す。) です。著者はイギリス南部の海岸と対岸のフランス、ノルマンディーを隔てるイギリス海峡を「キャズム」に例えて説明しています。下の地図参照)

   全体的に論理的で非常にわかりやすく書かれた本です。(ちなみに、後年、本書で取り上げる事例を最新にした新版「キャズム2」が発刊されています。)