生き方

  皆さん、稲盛 和夫さん。ご存知ですよね。京セラ株式会社、KDDI(旧第二電電)株式会社の創業者です。本田宗一郎氏、松下幸之助氏、豊田喜一郎氏、盛田昭夫氏、孫正義氏、、と並ぶ日本を代表する経営者です。

  いつも書店(新書、中古書)へ行くと、日本の経営者の本棚をチェックするようにしてますが、中古書から新書含めて、今一番多い日本人経営者の本は稲盛さんの著書だと思います。(最近は孫正義さんのものも多いですが、ただし本人は書いていません。)実際、稲盛さんの著書は 2015年 8月末、国内外の累計発行部数が 1,000万部突破したということです。 、、、というわけで今回、紹介するのは稲盛さんの「生き方」です。

  本のジャンルを問わず、多かれ少なかれ、その本の内容や、(その内容を説明する)表現法には著者の人生観、哲学、生き方含めた人間性がそのままでてくると思いますが、稲盛さんの著書はどれも文体は平易で、わかりやすく、しかも言葉に力強さがあり、奥が深く説得力があり、そして何よりストレートに心に伝わってきます。  

  稲盛さんは、大学卒業後、いくつか就職試験を受けましたが、どれも受からず、大学教授のお世話で京都の碍子(がいし)製造メーカーに就職します。ここで、仕事に打ち込む面白さに出会い、27歳の時支援者による資金援助で、「京都セラミック」(京都セラミック株式会社)を仲間8人と設立します。しかし、いきなり会社のトップになった稲盛さんは、まったくの経営の素人でした。どうすれば経営というものがうまくいくのか、皆目見当がつかず困り果てた末、「とにかく、人間として正しいことを貫いていこうと心に決めた。」のです。 つまり、「人間としての正しい心」を拠り所とする経営を行うことに決めたのです。

  稲盛さんは、その経営の拠り所となる「正しい心」を、仏教に求めていくようになります。 実際、ご本人は敬虔な仏教徒で、1997年9月、京都の円福寺で得度(僧侶になるための最初の儀式)をし「大和」という僧名を授かっています。ですので、稲盛さんの経営哲学には仏教の教えが根底にあります。 

  ここでは稲盛さんの仏教の教えを根底にした「経営哲学」を二点挙げます。

  まず、仏教には「思念が業をつくる」という教えがあります。つまり、人生においては、思ったことが原因となり、その結果が現実となって表れてくる、つまり、「人生は(良い意味でも悪い意味でも)その人の考えた所産であり、(その人の) 心が呼ばないものはその人には近づいてこない」のです。

       稲盛さんは、本書の中でこの「法則」を自らの人生体験を通して語っています。(若いころの稲盛さんは)やることなすこと、ことごとくうまくいかず「こういう方向に行きたい」と希望して、かなうことは一度もなかった、ということです。 最初の挫折は中学受験の失敗、その後、結核に侵されました。当時結核は不治の病であり、しかも、(稲盛さんの)家族は結核で亡くなっている人が多かったので、「俺も血をはいてもうじき死ぬのか」と、打ちのめされたのです。

   その時、隣のおばさんが「生長の家」の創始者、谷口雅春さんの「生命の実相」という本を貸してくれました。 そこには、「心の様相」という言葉を使って、人生で出会う事柄はみんな自分の心が引き寄せたもの。(病気もその例外でなはなく)すべては心の様相が現実にそのまま投影する、ということが説かれていたのです。そこから稲盛さんは、人生の中ですべては自らの心が引き起こすものである、と悟ったのです。さらに、 「(人生において)現実の射程内に呼び寄せられるのは、自分の心が求めたものだけであり、(何かを成就させたいのなら、まずそのことを)強く思わなければならない。」ということを、信念として抱くようになります。 

  稲盛さんが、松下 幸之助(現、パナソニック株式会社創設者)さんの講演会を初めて聴いた時のことです。その時、松下さんは「ダム式経営」の話をされました。「ダムを持たない川というのは大雨が降れば大水で洪水を起こす一方、日照りが続けば枯れて水不足を生じる。だからダムをつくり、天候や環境に左右されることなく、水量を常に一定にコントロールする。それと同じように、経営も景気の良い時こそ悪い時に備えて蓄えておく、そういう余裕のある経営をすべきである。」          

  その講演の質疑応答の時、ある出席者が、「ダム式経営は理想。しかし、(ダム式経営の)方法を教えてくれない事には話にならない。」と不満をぶつけたのです。これに対し、松下さんは、ポツリと「(その方法は)私も知りませんのや。けどもダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ。」とつぶやきました。松下さんの言葉にほとんどの人は失望し、会場には失笑が広がりました。

  しかし、(稲盛さんは)体に電流が走るような衝撃を受けて、茫然と顔色を失いました。「松下さんの言葉はとても重要な真理を私につきつけたからです。。。思わないとあきまへんなあー。この松下さんのつぶやきは、『まず思うこと』の大切さを伝えていたのです。」

  稲盛さんは、そこからさらに、願望を成就につなげるためには、単に「思う」だけでなく「すさまじく思う」ことが大切と考えてるようになります。「強烈な願望として、寝ても覚めても四六時中そのことを思いつづけ、考え抜く。それほどひたむきに、強く一筋に思うこと。そのことが物事を成就させる原動力となるのです。」

      「利他の心」も本書で強調されている「法則」です。「同じ世界に住んでいても、あたたかい思いやりの心を持てるかどうかで、そこが極楽にも地獄にもなる」という仏教の教えです。そして、よい経営を続けて行くためには、心の底流に「世のため、人のため」という思いやりの気持ちがなくてはいけない、と強調し、自らが設立した「第二電電」のエピソードを挙げています。     

  通信分野の事業は、1980年代半ばまで、国営事業として電電公社が独占していました。しかし、「健全な競争原理」を持ち込み割高な通信料金を引き下げるべく自由化が決定されました。これにより、電電公社はNTTへと民営化され、電気通信事業への新規参入も可能になったのです。しかし、これまで一手に事業を独占していた巨人(NTT)に戦いを挑むことになるわけで、これに恐れをなした新規参入企業はいっこうに名乗りを上げませんでした。

       このままでは健全な競争は起こらず、国民は料金値下の恩恵を享受できなくなります。そこで、稲盛さんは「それなら自分がやる。」という決意をしたのです。 しかし、すぐに名乗りをあげることはしませんでした。半年間、「動機善なりや、私心なかりしか」-ということを何度も自分の胸に問うて動機の真偽を問い続けたのです。「(自分が)電気通信事業に乗り出そうとするのは、ほんとうに国民のためを思ってのことか。。世間からよく見られたいというスタンドプレーではないか。その動機に一点の曇りもない純粋なものか。。」 

   そして、ようやく自分の心の中には邪(よこしま)なものがないことを確信し、DDI(現KDDI)の設立に踏み切ったのです。 フタを開けてみると、他にも二社が名乗りを上げました。DDIはその中でも、経験、技術、販売代理店網いずれもなく、一番不利だと言われていたにもかかわらず、新規参入組のトップの業績を上げ続けたのです。

  おそらく、皆さんの中には「利他の心」については、例えば、商売相手の利益ばかり考えていたら、商売はなりたたない、とかビジネスは弱肉強食だ、とか考える人ももちろんいるかと思います。

   しかし、稲盛さんは、「利他の心」について、「『資本主義』も元はと言えば、隣人愛を説くキリスト教の中でも倫理的な教えの厳しいプロテスタント社会から生まれた。。。彼らは厳しい倫理観を守り、労働を尊びながら、産業で得た利益は社会の発展のために活かす、ということを、モットーとしていたのだ。」(マックス・ウエーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』参照)として、この「利他の心」は日本の仏教の教えだけにとどまらず、欧米にも同じような考えは存在し、しかもその考えは「資本主義」の根底にもあるのだ、と(言外で)主張しています。