ファクトフルネス
最近、書店のベストセラー本の棚なんかを見るとこの茶色っぽい本がよく置いてありますね。(今回紹介する「ファクトフルネス」著者/ハンス・ロスリングさん他。)
ところで、皆さんにとって「良書」とはどんな本でしょうか? 「良書」をネット辞書で検索すると「良い書物、ためになる書物」とあります。自分にとって良書とは、その本のメッセージが、まさしく今の社会にとってタイムリーであること、そのメッセージがロジック、数字、ファクトなどでしっかりと裏付けされていること。そして、何より、著者が多くの人に読んでもらいたい、と(心から訴えていているのが感じられ、そのため)文章も平易な表現を心掛け、(そういう作者の思いがひしひしと伝わってきて、)しかも、読後に考える余地を残してくれる、、そんな本です。自分的には、「ライフシフト」や「新生産性立国論」とか、、そして、まさにこの「ファクトフルネス」もそんな一冊でした。
まず、著者/ハンス・ロスリング氏の紹介から。「医師、グローバルヘルスの教授、そして教育者としても知られている。世界保健機構やユニセフのアドバイザーも務め、「ファクトフルネス」の啓蒙活動のため、「ギャップマインダー財団」を設立。TEDトークの再生は延べ 3,500万回にも及ぶ。タイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた。」(そして、たいへん残念なのですが、実はロスリングさんは、本書執筆後の2017年に他界されました。)
本書において、最初に H.ロスリングさんは読者に、十三問の三択クイズを出します。例えば、、質問1「現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょう? A 20%、B 40%、C 60% 」、質問2「世界で最も多くの人が住んでいるのはどこでしょう? A 低所得国、B 中所得国、C 高所得国 」、質問3「世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年間でどう変わったでしょう? A 約2倍になった、B あまり変わっていない、C 半分になった」。。。(回答はぜひ、本書を開いて確かめて下さい。) ロスリングさんは、長年にわたりこのような世界の貧困、人口、教育、エネルギー、環境などに関する事実について、数百個以上の質問をさまざまな分野で活躍する大勢の人々(その中には、質の高い教育を受けた医学生、科学者、企業役員、ジャーナリスト、政治家、そして大学教授等)にしてきました。
しかし、平均正解率は、いつも、2,3問程度にとどまり、高学歴で国際問題に興味があるような人達でさえもほとんどの質問に間違っていたのです。 中には、「一般人の平均スコアを下回り、とんでもなく低い点数をとったノーベル賞受賞者や医療研究者もいた。優秀な人たちでさえ世界のことは何も知らないようだ。」(P16) ロスリングさんは「そのどれもが世界を取り巻く状況の変化にまつわるもので、複雑な質問や、ひっかけ問題はひとつもない。」(P14) しかし、この正解率は、問題を理解しないで無作為に正解を選ぶチンパンジーより低い正解率なのです。
では、どうしてこのようなことが起きるのでしょうか?
ロスリングさんは、先進国の人々は次のような先入観を持っている人が多いといいます。「世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。金持ちはより一層金持ちになり、貧乏人はより一層貧乏になり、貧困は増え続ける一方だ。何もしなければ天然資源ももうすぐ尽きてしまう。」(P20)これは人間の「うわさ話やドラマチックな物語に耳を傾ける本能」が生んでいる誤解だと言います。「人間の脳は、何百万年にもわたる進化の産物で、私達の先祖が狩猟や採集をするために必要だった本能が組み込まれている。差し迫った危険から逃れるために一瞬で判断を下す本能。唯一の情報源だった、うわさ話やドラマチックな物語に耳を傾ける本能。食料不足の時に命綱となる砂糖や脂質を欲する本能。」
その他、ロスリングさんが挙げている理由の一つが人間が進化の過程で培った「恐怖本能」です。「人間は生命の危険に晒されるような恐怖に出会うと、過敏に感応してしまう、そして、メディアは情報を報道する基準を人々が『恐怖心を刺激するか否か』で判断する。」(P134)例えば「2016年には、4,000万機の旅客機が、死者をひとりも出さずに目的地に到着した。死亡事故が起きたのはたったの10機。しかし、当然のことながらメディアが取り上げたのは、視聴者に恐怖を呼び起こす方、つまりは、全体の0.000025%でしかない、この10機の方だった。安全なフライトがニュースの見出しを飾ることはない。」(P144) 結果的に「視聴者の恐怖心を呼び起こす類の報道ニュースばかりを流してしまうようになる。」と、その意図はともかく、メディアは「世界を正しくとらえているとは限らないし、また、中立的ではないし、我々も中立を期待すべきではない。」(P270)と言います。 その他、ロスリングさんは、自らの経験を通して、人々には「世界は、『お金持ち』対『貧乏』(または、『先進国」対『途上国』)という世界を決して埋まることのない溝がある。」と思い込む「分断本能」(これは限られた時間や紙面の制約でニュースを伝えるため物事を二極間の対立構造で報道するメディアの責任も大きいと思います)、「世界はどんどん悪くなっている。」と思い込む「ネガティブ本能」、「目の前の数字が一番重要だ。」と思い込む「過大視本能」、「ひとつの例がすべてに当てはまる」と思い込む「パターン化本能」など、先進国で高等教育を受けた人々が陥りやすい「思い込み」を紹介しています。
ロスリングさんは、長年にわたり「私が何かひとつ世界に残せるとしたら、人々の考えを変え、根拠のない恐怖を退治し、誰もが生産的なことに情熱を傾けられるようにしたい。」(P23)と考え続け、医師となり、モザンビークのナカラで医師として働き、貧しい人々の間で流行していた神経病の原因を突き止めるなど尽力し、その後母国スウェーデンに戻って医科大学で研究・教育に励んだ後、「事実に基づく世界の見方」を広めていったのです。 そして、ロスリングさんは最後に教育の大切さについて訴えます。「貧しい国々の所得レベルは上がっていて、物事はいい方向に向かっていることを教えよう。」「反対に見える2つのことが、両立することを教えよう。世界では悪いことも起きているけれど、たくさんのことがよくなっていることを伝えよう。」「世界は変わり続けていることと、死ぬまでずっと知識と世界の見方をアップデートし続けなければならないことを教えよう。」そして、「なによりも謙虚さと好奇心を持つことを子供たちに教えよう。」(P315)と。さらに、「世界は変わり続けている。知識不足の大人が多いという問題は、次の世代を教育するだけでは解決できない。学校で学ぶことは、学校を出て10年や20年もすれば時代遅れになってしまう。だから、大人の知識をアップデートする方法も見つけ出さなければならない。」(P317)なぜなら、間違っている地図情報を搭載したカーナビでは、決して目的地にはたどり着けないのと同様に、「間違った知識を持った政治家や政策立案者が世界の問題を解決できるはずがない。世界を逆さまにとらえている経営者に、正しい判断ができるはずがない。世界のことを何も知らない人たちが、世界のどの問題を心配すべきかに気づけるはずがないからだ。」(P18)と話します。
本書を読んで特に好感を感じるのは、(もちろん、タイムリーなロスリングさんの訴えるメッセージ性の強さであったり、そのメッセージを構築する数字やロジックもあるのですが)何より、彼が教育者として、恰好をつけずに人々が持っている偏見を変えようとする姿勢と、その根底にある彼の誠実さと熱意です。ロスリングさんは、子供の頃からサーカスが好きだったのですが、「常識にとらわれない発想」「一見不可能なことが可能になる」ことを自分が教える生徒に理解させるため、実際に「剣飲み」を練習し、時折、講義の終わりに剣飲みを披露したのです。また、自分の過去の業務上の判断ミスで、結果的に人命を失ってしまったという、失敗談なんかも隠さずに語っています。
余談ですが、本書については ビル・ゲイツさん、バラク・オバマ元アメリカ大統領も賛辞を送っています。 「名作中の名作。世界を正しく見るために欠かせない一冊だ」( ビル・ゲイツ )。「思い込みではなく、事実をもとに行動すれば、人類はもっと前に進める。そんな希望を抱かせてくれる本」(バラク・オバマ元アメリカ大統領)。(特にビル・ゲイツさんは、2018年にアメリカの大学を卒業した学生のうち、希望者全員にこの本をプレゼントしたそうです。)(以上、「内容紹介」より。)
最後に作者のハンスさんへお礼の一言を。「ハンスさん。この本を読んで、私は、世界の進歩はあなたのように派手ではなくとも一生懸命に、真摯に貧しい地域で活動している人たちの情熱、そして、啓蒙によってもたらされていることを実感しました。世界は分断などされてなく、つながっていて、そして、人類は少しづつでも進歩している、ということを教えてくれてありがとうございました。」
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