国運の分岐点

   イギリス出身の元アナリスト、デービット・アトキンソンさんの最新作「国運の分岐点」です。直近の作品「日本人の勝算」においては、(日本人にとっては相当ショックな)日本の近未来に待ち受けるいくつかの問題点とそれらに対する対策が具体的に指摘されていましたが、前書で提示したいくつかの問題をより深く研究し(突き詰め)更に具体的な形で提示しているのが本書です。D.アトキンソン氏さんの作品は、あくまでも数字で事実を突き詰め、問題点と解決策をわかりやすく記述しているところに特色があります。

   まず、本書の「はじめに」(抜粋)から。「今の日本は、これまで経験したことがないような大きな変化に直面しています。日本にとって明治維新は、とんでもない時代の変化でしたが、これから起こる変化はそれよりも何十倍も何百倍も大変な変化です。その変化とは「人口減少」です。2016年までに、(2015年の数字と対比し)生産年齢人口が3,264万人減少します。これは世界第5位の経済規模を誇るイギリスの就業人口とほぼ同じで、同じく経済規模世界第10位のカナダの総人口を上回ります。要するに、国ひとつが消滅してしまうほどの規模の「人口減少」がすでに始まっているのです。そこで、一つ我々が覚悟をしておかなければいけないのは、「新しい日本」が目指すものは、その明治維新を超えるほどの大きな変革だということです。では、どうすればいいのか。(本書は)その日本が必要とするグランドデザインを考えていく本です。表面的な改革や、対症治療的な経済施策ではなく、これまでの常識を覆して、根本から考え直した国家グランドデザインをつくるしかないのです。」

   減少していく日本の人口ですが、(仮に、政府や財界が何も手を打たないで)経済発展にプラスになるような材料が見いだせず、起爆剤となるようなイノベーションや、目を見張るような生産性の向上が日本経済に起こらなければ、これまで成長してきた日本の経済規模は縮小せざるを得なくなります。日本の働き手が減少し、その分、経済活動(付加価値の創出、消費、税収)も縮小するからです。(会社における働き手は家庭に帰れば一消費者であり、消費や納税に貢献します。人口が減るということは、会社で働いて会社の売上拡大に貢献する人、と同時に消費をする人、納税者がいなくなることを意味するので、人口減はそれだけで経済の縮小を意味します。)「それはそれでしょうがない。」と考える人もいるかもしれませんが、残念ながらその選択肢は取ることができません。日本にはすでにたくさんの高齢者が存在し、その数がこれから多くなり、寿命も長くなります。ですので単純な論理で考えれば、今いる就業人口数で、今の規模の高齢者の社会保障費を支えていかなくては日本の社会保険制度は破綻してしまうのです。わかりやすく換言すれば、「経済活動の縮小=日本の社会保障制度の破綻」となります。アトキンソンさんは、「日本は1990年代に入ってから、GDPと因果関係のある人口が増加しなくなることに加えて、一人当たりGDPも他の先進国と比べて低迷しています。そのようなダブルパンチが、日本経済の成長力を奪っているのです。」(P39)と話します。

   では「人口減少で経済成長できない」「デフレから脱却できない」という二つの問題の本質的問題点の解決策はなんでしょう? 今回、本書で D.アトキンソンさんが示している唯一の解決策とは、「生産性の向上」です。( 以前のD.アトキンソンさんの本でもメンションされていますが、「日本の生産性」は海外の先進国の中では最低レベルにあり、その一方、日本の労働者はその質においては世界トップレベル(2016年の人材評価ランキングでOECD加盟国中第 4 位、2018年の国際競争力ランキング 第  5 位)にあります。ですから単純に考えれは、労働者の質は良いのだったら、労働者が働く箱(組織なり、会社のしくみ、法制度などの社会制度なり)を労働者が働きやすいように変えていけばいいことになりますね。) では、日本の何を、どこを変えていけば日本の生産性は向上するのでしょうか?

   アトキンソンさんはまず、労働者の「賃金上げ」を主張します。先進諸国の例を見る限り「賃金引上げ」というのは、生産性の向上に即効性があるからです。そして、次には「根本的な社会構造を把握する必要がある。」と言います。「それは、『中小企業が多い』ということです。正確に言うと、中小企業の中でも(従業員が10人以下の)非常に小さい企業で働く人の割合が高いからです。この比率が日本では異常なほど高いのです。」(P67) 大きな企業は一般的に、人材が豊富で、人材のマネジメントにも余裕があるので、多くの女性の雇用も含め、いろいろな人材の様々なニーズに対応でき、設備投資に回す資金も調達しやすく、結果として最先端技術を導入する可能性が高まり、また、社員教育に力を入れやすくなるので、それらの結果として、生産性の向上が期待できるのです。また生産性の向上により、社員に対する「賃金の向上」もしやすくなり、それが日本経済へ好循環を起こさせることが期待できるのです。(一方、従業員が極端に少ない企業では、大企業において期待できる生産性の向上とは反対の要因が多くなります。)つまり、日本の小規模の、弱い企業が統合して、強い企業へ成長していくこと、そして、同時に賃金の引き上げを実施することで「生産性を向上させる」ことこそ、日本の進むべき道だ、とD.アトキンソンさんは主張します。

   彼はさらに、「日本は、経済成長を始めた(以前の)東京オリンピックの頃から、OEDCへ加盟をすることで『資本の自由化』が進められ、そこへ日本人独特の『植民地支配への強い恐怖』感から、いわゆる『護送船団方式』をとるようになり、その中には規模の小さい企業を守ることも含め、法律を整備し経済団体をつくったことが今につながっている、」のではないかと推論しています。( 本書において、関連する法律名や経済団体名も具体的に出てきます。詳しい内容は直接本書をどうぞ。)そして、「日本人は戦後の経済成長期に『中小企業』に対し特別な思い入れを抱くようになったのも理由の一つ」だと言います。「最近でも『下町ロケット』というドラマが高視聴率をとりましたが、このドラマにおいては中小企業をかなり過大に美化され、逆に大企業がかなり過小評価されて描かれています。」(P218)と彼は話します。(私的には、おそらくは日本の戦後復興期に、松下電器やソニーの経営者が中小企業からがんばって自分の会社を世界的な大企業にしていったことを、日本人それぞれが、自分たちの生活向上の体験と重ね合わせてみているせいではないか、と思いました。)「このような話を聞くと、不愉快になる方も多いのではないでしょうか? 中には、怒りのあまりこの本をそのまま閉じたくなってしまう方もいらっしゃるかもしれません。しかし残念ながらこれが日本経済を30 年間研究してきた私が出した結論です。」(P76)

   では最後に、「この問題を放置して置くと一体どのような最悪のシナリオが待ち構えているのか考えます。」(P232) まず、その論考をしていくうえで絶対に欠かすことができない要素があります。それは「地震」です。特に首都直下地震と南海トラフ地震という二つの地震は、いつ起きてもおかしくない状況だと言われています。仮にこれらのダメージを試算すると首都直下地震で約47兆円、南海トラフ地震で約170兆円という数字が政府から出ていますが、他に間接的被害を加えると驚くべき数字になります。首都直下地震で778兆円、南海トラフ地震にいたっては、1,410兆円 (公益社団法人土木学会試算) に達するというのです。しかし、最悪のケースはこれでは済まないのです。なぜなら、「人類史上、日本の首都圏ほど様々な災害リスクの高い地域に、これだけの富や機能、そして人口を集積した巨大都市をつくったケースは他にない。」(東京大学、目黒教授)(P235)からです。つまり、ひとたび、東京のような世界でも稀に見る「集積型」都市が大地震の被害を直接受ければ、間接的な影響が長期間に及ぶのです。これにさらに恐ろしいのが、津波や台風、火山被害などの「複合災害」が加わることだと言います。(実際、江戸時代などにそういった複合災害が発生したケースは存在するのです。)こういった様々な自然災害や複合災害によって、日本の財力が急速に悪化し。国の在り方が大きく変わってしまい、再び発展途上国へ戻るシナリオも考えられるのです。では、どう変わるのか? 考えられる最悪のシナリオは「中国からの援助を受けて、中国の属国になってしまう」というものです。

   これまでの話のように、人口減少、増加する社会保障費、そして、高度経済成長期に建てられ老朽化しているインフラ、1,200兆円を超える国の債務残高などいろいろなマイナス要因が重なり、さらに大地震で日本が破壊的なダメージを負った際、その混乱に乗じて日本の様々なところに中国資本が入ってくることは十分に考えられます。そして、「そうした場合、当然中国は日本に対して厳しい条件を突き付け、中国資本家の発言力と存在感がが増してきて、何年か過ぎれば日本は(実質的な)『中国の属国』になっていた、ということが100%ないわけではないのです。」(P243)