オデュッセイア(上)

       今から3千年ほど前にホメロスによって書かれたとされる叙事詩「オデュッセイア」。このお話は彼のもう一つの叙事詩の代表作「イリアス」の続編とも言えるものです。


  この物語の主人公は、ギリシアの小さな島国イタケーの王、オデュッセウス。彼がトロイア戦争終結後、故郷イタケーへの帰還を目指しトロイア海岸を後にします。しかし、ギリシアの神々の怒りにより巻き起こされる嵐、漂流、難破。また、漂流先の国々で出会う巨人や魔法使いなど様々な苦難、困難がオデュッセウスを待ち受け、故郷への帰還は思うようになりません。この故郷へ帰るまでの10年間に及ぶ冒険。そして、故国イタケ―に帰国後、オデュッセウスを待ち焦がれる妻ペーネロペイアと息子テーレマコスを愚弄し、オデュッセウスの財産を狙うペーネロペイアの求婚者たちとオデュッセウスとの対決が描かれます。


  トロイア戦争終結後、勝利を収めたギリシア連合軍は、それぞれの故郷へ出帆します。トロイアの海岸を出航したオデュッセウスは、仲間たちと共に故郷イタケ―を目指します。一行は、まずキコーン人の国に上陸。彼らから家畜を奪いますが、反撃に遭い慌ててその国から脱出。次に怠け者のロートパゴス人の国に上陸。彼らから勧められた蓮の実を食べたオデュッセウスの部下は、無気力状態になってしまいます。これを見たオデュッセウスは、部下がこれ以上ロートパゴス人の蓮の実を食べないようこの国から出帆。やがて野蛮な一つ目の巨人キュクロープスの国に到着したオデュッセウス一行は、援助を求めてキュクロープス人の一人、ポリュペーモスの住む洞窟を訪れますが、ポリュペーモスは、オデュッセウスの部下を一人、一人食べていきます。オデュッセウスはポリュペーモスが寝ている時、先が尖った丸太を彼の目に突き刺します。痛みをこらえ、一つ目に突き刺さった丸太を必死に抜こうとする巨人。このスキにオデュッセウスは生き残った部下と共に、命からがらこの国を脱出します。


  目を失ったポリュペーモスは、自分の父である海の神ポセイドーンに「オデュッセウスとその部下が決して故国イタケ―へ帰還できないように、しかし、彼らの帰還が神々の意志ならば、オデュッセウスが仲間全員を失い、彼ひとりだけが帰り、彼が帰った家には悲しみが待ち受けているようにして下さい」と祈ります。このポリュペーモスの願いを聞き入れたポセイドーンは、オデュッセウスと彼の部下に数々の困難と災いをもたらすのです。


  次にたどりついたアイオロスの島の後、ライストリューゴーン人の住む町へ到着。オデュッセウスは数名の部下をアンティパテース王の館に訪問させますが、巨人のアンティパテース王は、オデュッセウスの部下の一人を一撃で倒し、夕飯の食材にしてしまいす。これを見た残りの部下は命からがら岸辺まで逃げ帰りますが、彼らを追ってきたライストリューゴーン人の攻撃によりオデュッセウスの仲間の船は次々に大破。巨人たちは岸辺めがけて泳いでいるオデュッセウスの仲間をつぎつぎに槍で突き刺さし、料理の食材として家に持って帰ります。


  トロイアを船出してからオデュッセウスはこのように仲間と船団を失い、今や一隻の船だけとなってしまいます。アイアイエーの島にたどりついた一行は、その島の魔法使いキルケ―の館を訪問。彼女は人を動物にかえることが好きな魔法使いで、オデュッセウスを動物にかえようとしますが、魔法が効きません。 実は、オデュッセウスはキルケーの館へ行く途中で、神の使いヘルメースから魔除の薬草モーリュをもらっていたからです。刀をもってキルケーに襲い掛かろうとした時、彼女はオデュッセウスの足元に跪き命乞いをします。改心したキルケーはその後は、オデュッセウスとその一行を厚くもてなし、やがて一年が過ぎます。故郷イタケ―で自分を待つ妻と息子のことを想うオデュッセウスは、キルケーに船出の決意を伝えます。そして、トロイアからアイアイエー島までの航海で続いた不運を心配し、今後イタケ―までの航海を安全にするため、彼女に助言を求めます。彼女はオデュッセウスに、死者の亡霊をおさめている神ハーデースの国へ行き、盲目の予言者テイレシアースに今後のイタケー帰還の航海について尋ねることを勧めます。


  キルケーの忠告に従いオデュッセウス一行は地の果て、オーケアノスの大河のほとりにあるキムメリオス人の国にたどり着くと、ハーデースの后、ペルセポネーの森を通り抜け、そこで地面に穴を掘り、死者への捧げものを差し出します。そして、雄羊と黒い雌羊をいけにえにしてテイレシアーズ(の亡霊)を呼び出します。テイレシアーズは、オデュッセウスの故郷への航海が不運続きなのは、ポリュペーモスの眼をつぶしたことで、父である海神ポセイドーンが怒っているのが原因であること、故郷にたどりくつまでに残った仲間も失い、たった一人で故郷にたどり着くことになり、帰った家にはオディッセウスの財産を食いつぶしている無礼者たちが彼を待ち受けていること、しかし、最後にはすべての敵に復讐することができ、最後には家族にかこまれたやすらかな生活が待っていることを告げます。オディッセウスはまた、この黄泉の国で、アガメムノーン王の亡霊にも会い、彼が故郷アルゴリスに帰国後、いとこのアイギストスによって殺されたことを知ります。さらにトロイア戦争で戦死した戦友アキレウスとその親友パトロクロス(の亡霊)にも会います。

  

  テイレシアーズの助言を得たオデュッセウスはいったんキルケーのいるアイアイエーの島へ戻り、彼女に別れを告げ、故郷に向け船出します。オデュッセウス一行は、この後、世界中で一番美しい歌を歌うというセイレーンのいる島のそばを通り過ぎます。実は、セイレーンたちはその歌声で島のそばを航海する船乗りを誘惑し、彼らの命を奪うことを繰り返していたのですが、キルケーの助言により部下の耳を蝋の小片でふさぎ、自らは部下に命じて縄でマストに縛りつけたオデュッセウス。無事にこの危機を脱しセイレーンの島を通り過ぎると、次に待ち受ける十二本の脚と六つの首をもつ怪物スキュラが住むという岩のそばにある海峡も、六人の部下の命を失いながらも、なんとか通り抜けることに成功します。


  このような数々の困難と相次ぐ仲間の死によって、身も心も疲弊しきったオデュッセウス一行は、トリーナキエーの島へ上陸します。この島には太陽神ヘーリオスの家畜がいますが、キルケーから、この太陽神の家畜は食べたらいけない、という忠告を受けていました。しかし、30日に及ぶ悪天候で出帆が出来ない彼らは食料も尽き果て、ついには、太陽神の神聖な牛を殺し、焼いて食べてしまいます。この六日後、風の勢いがおさまり、風向きも変わったのでオデュッセウスは、仲間と共にこの島に別れを告げますが、やがて西風が激しくなります。マストが倒れ、雷が船を破壊し、オデュッセウスの部下は海中に投げ出されます。このキルケーの助言を守らなかったオデュッセウス一行、オデュッセウスの他は、誰一人として助かることはできませでした。オデュッセウスは、その遭難から10日後にオーギュギア島の浜辺に打ち上げられます。


       このオーギュギア島には、カリュプソーという、若々しく美しい、永遠に死ぬことのない妖精が住んでいました。彼女は浜辺を散歩中、砂の上に倒れているオデュッセウスを見つけます。彼女は、自分の住まいの岩屋へ彼を運び、魔法の薬で彼を元気にします。彼女はオデュッセウスを愛するようになり、彼を7年もの間オーギュギア島に閉じ込めます。望郷の念を抑えられないオデュッセウスですが、この彼を心配して見守り続けていた神がいました。アテーナーです。知恵の女神である彼女は、トロイア戦争の木馬作戦をはじめ、彼のはかりごとをたいへんに気に入っていて、特別な想いでずっと彼を見守っていたのです。アテーナーは、このオデュッセウスの難儀を父神であるゼウスに訴えます。ゼウスは、オデュッセウスの故郷への帰還を妨げているのは、弟のポセイドーンであることをアテーナーに告げ、神の使者ヘルメースをカリュプソーの元へ送ります。ヘルメースはカリュプソーを説得し、オデュッセウスを手放させるようにします。カリュプソーは、彼を解放する決意をし、彼に筏をつくらせます。オデュッセウスはその筏で再び航海に出発。


  しかし、この航海の18日目に彼の姿を見つけたポセイドーンは彼のイタケーへの帰還を邪魔するため嵐を起こします。襲い掛かる高波の中でオデュッセウスは、ついに死を覚悟しますが、その時、海の妖精イーノーが彼を見つけます。イーノーは魔法の力を持つヴェールをオデュッセウスに与えます。このヴェールにより一命をとりとめたオデュッセウス。 一心に泳ぎ続け、やがて遠くに海岸を見つけます。なんとか陸に上がり、歩き続けた森の中で、疲れ切った彼は暖かい枯葉の中で横になり、すぐに眠りに落ちます。


  オデュッセウスがたどり着いたところは、パイアーケス人の国。この国の若き女王ナウシカアは、自分の結婚準備のため、身の回りの衣装を洗濯するため荷馬車に乗り、従者と共に海岸近くの川岸へ行きます。洗濯が終ったナウシカアは、衣装が乾くまで従者と共に、ボール遊びをしますが、そのボールが川へ落ちてしまいます。


  このナウシカア達の様子を伺っていたオデュッセウスは、このボールを拾い、若き女王に返すと、自分は外国人の漂流者であることを告げ、彼女に助命を乞います。オデュッセウスの願いを聞き入れた心優しき女王は、機転を利かせて、父であるアルキノオス王にオデュッセウスを会わせます。アルキノオスの客人となったオデュッセウスは、自分がイタケ―の国の王で、トロイア戦争に参加したこと、巨大木馬を使って勝利したこと、そして、トロイアからの船出後の数々の困難や航海の経緯を語ります。アルキノオスは国の客人であるオデュッセウスを、自分の船で故郷イタケ―へ送りとどけることにします。イタケーへの航海の間、旅の疲れで眠りに落ちたオデュッセウス。やがてイタケ―の島影が見えてきますが、パイアーケスの船乗りたちは彼を起こしたくなかったので、彼を浜辺にそっと寝かせ、船に積んできた彼への贈物をその近くに置き、静かに船出します。


  こうして長い年月と幾多の困難にも関わらず、ついに故郷への帰還を果したイタケ―王、オデュッセウス。この物語の後半には、彼と愛する妻と息子を脅かす無礼者たちとの対決が待っています。


*下は、バーバラ・レオニ・ピカードによる再話「オデュッセイア物語」(上巻)