日本人のための第一次世界大戦史

         著者、板谷敏彦さんは、学者ではなく、事業家肌の人。そのためか内容が観念的でなく第一次大戦の始まりから終わりまでを「ファクト、数字、ロジック」を基礎に、政治、経済の他、金融、メディア、テクノロジーなど幅広い分野を包括し、平易な言葉で語っています。また、巻末には、著者が本書のために渉猟した書籍一覧が掲載されていますが、板谷さんの第一次世界大戦に関する読書量もなかなかのものです。(それだけに本書の内容の信頼性が担保されている。)さらに本書はもともと週刊エコノミスト誌上で連載されていたものを書籍化したせいか、ビジネスパーソンにもとても読みやすいものになっています。


   第一次世界大戦とは、1914年7月28日から1918年11月11日にかけて、連合国(イギリス、フランス、ロシア、日本、アメリカ)と中央同盟国(ドイツ、オーストリア、オスマン帝国、ブルガリア王国)との間で戦われた戦争で、その戦いの特色は、(それまでの戦争というのが、都市から離れた戦場における局地戦であったものが、)戦う場所が限定的でなく範囲が広がり、一般人の住む都市も攻撃対象になっていきます。同時に兵士として、比較的高齢な者や若者も戦場へ駆り出され、それまで戦場の戦いには関係のなかった一般女性も銃後の守りとして、(戦場へ行かなくても)武器工場の手伝いや社会風紀の監視なども担うようになりました。正に、全国民が動員される戦争となったのです。同様に、資源や技術も総動員され、近代的な武器や爆弾・弾薬の消費量も桁違いの消費量となった、顕現すれば国と国とが人員、資源、技術など持てるものを総動員して闘う「総力戦」となったことです。


  第一次大戦が「総力戦」であったことを実感できるのは、その戦争参加者数と犠牲者数です。「この世界大戦に従軍した兵士は7,000万以上 (うちヨーロッパ人は6,000万)が動員され、史上最大の戦争の一つとなった。第二次産業革命による技術革新と塹壕戦による戦線の膠着で死亡率が大幅に上昇し、ジェノサイドの犠牲者を含めた戦闘員900万人以上と非戦闘員700万人以上が死亡した。史上死亡者数の最も多い戦争の一つである。」(Wikipediaより)


       ではなぜ、第一次世界大戦は、それまでの局地戦から世界規模の総力戦へ様変わりをしたのでしょうか。。それは技術の進歩とグロ-バリゼーションが挙げられます。1870年から1914年の第一次世界大戦までの半世紀は、英仏独露伊などヨーロッパの列強が覇権を主張する「帝国主義時代」ですが、一面では技術革新で世界全体が”急接近”した時代でもありました。大陸横断鉄道や蒸気船のような人の大量移動手段が発達し、通信や電信ケーブル網の発達などで、情報の伝達も迅速かつ容易になり、さらには、軍艦や火薬・砲弾なども新素材や技術の改良が加えられ殺傷力が大きくなっていったのです。本書では、いきなり、「サラエボでオーストリア皇太子が殺害されて、、、」というような教科書的な解説から始まるのではなく、まず、国と国との戦いが「総力戦」になった過程を、イラストや図を掲載し、丁寧に解説しているのがとても好感を持てました。


  また、本書では、第一次大戦前のドイツの状況にも丁寧な解説があります。世界史を熱心に勉強しなかった自分にとって19世紀後半から20世紀はじめのドイツの状況というのはフランスやイギリスと違って、周辺国と同盟関係していたり、敵対関係にあったりとか、いまいちはっきりしませんが、ここら辺の時代背景がわからないと、第一次大戦が起こった理由、ドイツが第二次大戦へ参戦した理由、さらには、ヒトラーが台頭した当時のドイツ社会背景もはっきりしない感じがします。さらには、この周辺に住んでいるスラブ民族の社会的な動きも大きく関係します。本書では、その辺の事情をわりとページを割いて解説しているので、とても理解しやすいと感じました。その他、ヨーロッパ列強各国の軍隊事情や国家国民意識の発達についても丁寧な解説が加えられています。


  日本人の場合、太平洋や国土の一部が戦場になったり、原爆を投下されたこともあり第二次世界大戦は比較的になじみがありますが、現代の我々にとって第一次世界大戦は主戦場がヨーロッパや中近東であったこともあり、あまり関心がないものになっていると思います。(でも、実際は、日本海軍も立派に連合国の一員として地中海へ艦隊を送っているし、第一次大戦後には戦勝国として列強国の仲間入りをしている、つまり第一次大戦を通じて大国の仲間入りをしている日本は、実は第一次大戦とも縁が深いのです。)


  最後に、日本人にとって、この大戦がわかりにくい・親しみにくいのは、その原因にあると思います。(これは繰り返しになってしまいますが、)教科書などでは、「ボスニアのサラエボで民族過激主義者がオーストリア皇帝后妃を射殺した。」のが発端と記述されていますが、そのバルカン半島での民族運動の背景や、当時のドイツ(当時ドイツは周辺国と分散されていた)この辺の事情がそもそもわからない。(バルカン半島、スラブ民族、サラエボ、チェコスロバキア、ハンガリー。。。) やはり、日本人が国際人を自負するならこのグロバリゼーションの時代、このあたりの知識も吸収したい、と感じます。この大戦は、近代の総括と現在に至る(現代の)世界情勢の原因をつくった戦争です。意外とこの第一次大戦は我々にとっても勉強すべき価値のある出来事である、と感じました。