ご冗談でしょう、ファインマンさん(上)(下)

  1965年、 量子電磁力学の発展に寄与した功績でノーベル物理学賞を受賞したリチャード・フィリップス・ファインマンさんの逸話集です。(ただし、実際の著者は親友で音楽仲間のラルフ・レイトン  ー『ファインマン物理学』の編者であるロバート・B・レイトン教授の息子)


  子ども時代からの自身のさまざまなエピソードを自伝風に紹介していて、普通の人が面白可笑しいと思うことや、逆に普通の人はあまり興味をもたないような物事でも自分が「なぜなんだろう。。?」と思うと真面目にとことんその原理やしくみを考え、納得できるところまで探求する、その「好奇心」の強さが、「さずがノーベル賞受賞学者」と感心します。本書では控え目に謙虚に書いていますが、内心実はとても自信家なのだとも思いました。


  いくつかエピソードを紹介します。

まず、彼が26歳の時、お父さんと一緒にニューヨーク・マンハッタンからバスで数時間走ったところにあるアトランティック・シティでのお話し。戸外カーニバルの最中、沿道ではいろいろな出し物をやっています。父親と別行動で「読心術師」の出し物に見入るファインマンさん。読心術師は舞台の上で頭におおげさなターバンを巻き、ガウンを着こみ観客に背を向けて座っています。彼にはチビの助手がいて、この子が観客の間をチョロチョロ走りまわりながら「偉大なる主人様、この財布の色は何色でしょう。。」と近くのご婦人が出している財布の色を尋ねます。「青じゃ」と見事答えるご主人様。続けて何人かのご婦人が財布をチビに差し出します。彼は「最高の知者であるご主人様、、」と続けます。「緑であるぞよ」とこれも当てるご主人様。この読心術に興奮したファインマンは後で落ち合った父親にこの話をします。


  何事にも好奇心旺盛なセールスマンの父はこの話を聞くと、すぐに読心術師のショーを見に行き、しばらくして帰ってきて「俺はショーが終わった後、読心術師を捕まえてこう切り出したんだ。。」とショーのネタ明かしを始めます。「俺はこう尋ねた。君はどうしてあんなにたくさんの情報をうまく暗号にできるんだ?ってね。」 相手を得意にさせるのが上手な父の話術に引っかかった読心術師はつい、「実は青の財布は『おお偉大なるご主人様』。緑は『最高の知者』なんだ。。」と得意になって話し出したのです。


  このような好奇心溢れ、会話を巧みにこなし、物事の仕組みを理解するのが得意なお父さんの性格はファインマンさんにも多きな影響を与えます。後年彼がラスベガスへ行った時のことです。興味を持った賭け事の一つ、クラップス(さいころゲームの一種)の勝ち目を計算し、その確率が、0.493 程度であることがわかりました。5割を切る勝ち率。通常で考えれば、ゲームを続ければ続けるだけ、損をすることになります。そこで彼は、どうして「プロのばくち打ち」という職業が成り立つのか知りたくなります。一旦興味を持ったら行動の早いファインマン。さっそく翌日、カジノの踊り子にプロのばくち打ちを紹介してもらい、プロのばくち打ちを名乗る男性に話しかけます。「マリリン(踊り子)によると君はプロのばくち打ちだそうだね。」「ああそうだよ。」


  「じゃあ、クラップスの勝ち目は 0.493 しかないのにどうやってばくちで生計をたてるんだい。。?」と続けるファインマン。 父親譲りの話術で、プロのばくち打ちは得意になってこう話します。「実はね、俺はテーブルでは絶対かけない。テーブルの周りが興奮すると、誰かが『次は絶対、九が出る!』と言い出す。そこで俺はそいつに『九でない方へ四対三で賭けるよ。』と言うわけだ。そうすれば長い目で見れば俺の勝ちになる。つまり、俺はテーブルの周りで、むきになってラッキーナンバーを信じる連中を相手に賭けるのさ。」さらに彼は続けます。「俺の評判がよくなればもっと簡単。たとえ俺に負けたとしてもそれが自慢話になるから、みんな俺を相手に賭けたがるんだ。だから俺は賭け事だけで生きていけるのさ!」


  ファインマンさんはこう結論付けます。「彼はある意味では本当に修行をつんだ人間なのだ。彼は気のいい魅力的な男だった。これで納得した。だからこの世のからくりというものは、よくよく知らなくてはならないのだ。」


  このように彼は、自分が疑問に思ったことを徹底的に突き詰め、納得する「解」を探し出します。その好奇心の対象は例えば、自分の部屋の中に餌を求めてきたアリの行列であったり、事務所の金庫の鍵の開け方であったり、はたまた、読心術やバーで女性を口説くテクニックだったりします。彼はまた、好奇心の赴くことに徹底して挑戦します。音楽の楽器演奏や絵画に挑戦。音楽では、リオのカーニバルの音楽団の打楽器ボンゴを担当し、プロ並みの楽団仲間と一緒に演奏します。また、絵画に興味を持てば、ヌードモデルを探し出し、絵描きのコツを習得するまでがんばり、遂には作品が売れるようにまでなるのです。決してものおじせず、物事の原理を極めようとする姿勢や能力が、彼を普通の人には到達しえないレベルにまで引き上げる。それが常人には考えつかないような「仕組み」発見につながっていくのだと感心しました。


  本書ではこの他、仕事を探しに行ったニューヨークのベル研究所でアルバイトを申し込んだ彼を案内したのが、20世紀最大の発明とも言われるあのトランジスタを発明したビル・ショックレーだった、といったちょっとびっくりするような逸話や1953年の来日時の宿泊旅館での、湯川秀樹教授を相手にしたお風呂の失敗談なども紹介されています。


  ところで、タイトルになっている「ご冗談でしょう、ファインマンさん」。これは、彼がプリンストン大学院へ入学した最初の日の失敗談から来ています。その日大学院長のお茶会に出席したファインマンさん。どこに座ろうか思案している最中、院長夫人が「お茶にはレモンを入れますか?それともクリームがよろしいいですか?」と声をかけてきます。座る所を心配していた彼は上の空でつい「はい、両方頂きます。」と答えてしまいます。この返答に「ホホホホ。。ファインマンさん、ご冗談ばっかり。。」と夫人。この後、ファインマンさんは実はこの夫人の「ホホホ」の意味は「あなたはとんでもない社交上のへまをしでかしたんですよ。」という意味だったことがわかった、のでした。


(下)リチャード.P.ファインマン