ホーキング、宇宙を語る

 「宇宙について科学教育を受けたことがない読者を対象に書いた。」と、書いた本人が言うわりに難解なのがこの「ホーキング、宇宙を語る」です。著者のスティーヴン・W・ホーキング氏は、1942年イギリスのオックスフォード生まれ ( ー 2018年3月死去)の物理論物理学者。オックスフォードを首席で卒業し、ケンブリッジ大学院に進みますが、在学中の21歳の時、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症。大学ではボート競技にも熱中した彼ですが、余命二、三年と宣告されます。自身の健康面では深刻なハンデを負いますが、それとは対照的に自らの物理学者としてのキャリアでは頂点を上り続けます。1974年には、史上最年少の32歳で由緒ある自然科学の学会・イギリス王立協会の会員に選出され、1979年には、かつてアイザック・ニュートンも就任したケンブリッジ大学ルーカス記念講座教授(*1)にも選出されます。 


       今であまり科学分野の本は読む機会がなく、またホーキング博士という人物に関しても本書を読むまで正直よく知らなかったのですが、この「。。宇宙を語る」読了を機会にネットで調べてみたところ、彼は(本書の副題にも「ビックバンからブラックホールまで」とあるように、)ブラックホールに関する研究を推し進めた物理学者で、彼の大きな功績の一つが、1965年発表の「ブラックホールの特異点定理」と呼ばれるものです。(、、と、このように書いていても実は自分もよくわかってないのですが、本書から博士の言葉を要約していきます。。)まず、「ブラックホール」と言う宇宙事象を理解するには、星のライフサイクルを理解する必要があります。


  星というのは、宇宙において水素を中心とする大量の気体が重力で凝縮し、崩壊し始める時に徐々に形成されていきます。収縮時には期待の原子はより頻繁に大きな速さで衝突しあい、ついには、水素爆弾の爆発のような反応が大量の熱を放出。この熱が星を輝かせます。そして、その水素などの燃料を使い果たした星は徐々にライフサイクルの最終期に向かい冷え始め、収縮を起こします。(ちなみに、我々地球上の生命の源である太陽も、現在大量の熱を放出していますが、この太陽はあと50億年分ぐらいの燃料をもっているそうです。)そのようにして終局期を迎えた星は、今度は自らの重みで徐々に縮んでいきます。そのスピードが加速していき、ついに極限までつぶれた状態にまで収縮します。するのですが、かつて星だったこの極限まで収縮した天体は、極めて高密度で、極端に重力が強いため、物質だけでなく光さえも脱出することができません。このようにあまりに強い重力を中心にもち、また光も含めたどんなものもそこから脱出することができなくなる時空領域が「ブラックホール」です。そして、この事象地平の中心にあると考えられるのが「特異点」。この特異点が「ある条件の下で存在し、その特異点から宇宙が出発したはずだ」、ということを示す定理が「特異点定理」と呼ばれるものです。


   先日、原爆を発明した科学者の栄光と挫折を描いた「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン監督)を見ましたが、実はこのオッペンハイマーもブラックホール研究に携わっていた時期があります。彼は、この研究において、実際にブラックホールが存在するとしたらどのような形状で宇宙空間に存在するのか、その像を描き出したのです。(少し話はそれますが、同じノーラン監督の「インターステラー」という映画でもブラックホールと、そのブラックホールに飲み込まれる宇宙飛行士 [物理学者] が登場します。) 彼ら物理学者は、自分の理論の実証のため論争の際、教室にある黒板にチョークでやたら長い方程式を素早く書き込み、論争相手が、その書き込まれた方程式を消してその上から自らの方程式を描き、、というように、科学方程式を互いに示しあいながらコミュニケーションをとるようですが、まだ、誰も見たこともない宇宙の果ての事象を自らの頭の中に描き、しかも純粋な論理から、まわりの科学者を説得し、研究機関から研究費用をねん出させ、実験を行い、自分の理論を現実のものとしていく。。。正に、映画「オッペンハイマー」の原爆実験に至るまでのプロセスもこのような感じで実現していきます。例えれば、それまで全くの暗闇だった空間に、一瞬のうちに光り輝く炎を起こすことのできる魔術師のような感じさえ連想しますが、そいうった科学分野で活躍するホーキング博士やオッペンハイマーという物理学者という人々は、一般人が見ることのできない物理的事象を自らの頭の中にはっきりとイメージすることができる特別な才能を付与された人々なのだと思います。


  イギリスをふくめたヨーロッパの科学の歴史においては、まず古代ギリシアにおいて、哲学者ソクラテスの誕生以前に、唯物論(*2)や原子論(*3)などを唱えた哲学者が出現し、目の前に見える自然現象や天体事象と神との関係をめぐぐり議論を活発に展開。その後、紀元前4Cには、アリストテレスが「天体論」を発表し、「地球が平面ではなく丸い球である。」と主張します。紀元2C にはローマの数学・天文学の学者プトレマイオスが「地球は静止していて、太陽、月、惑星、恒星が地球の周りで円軌道運動を行っている。」と考えます。そして16世紀、コペルニクス、ガリレオなどが登場。コペルニクスは、「天体上には太陽が中心に静止し、地球と惑星がそのまわりで円軌道を描いて運動している」と考えます。そして、その一世紀後、二人の天文学者、ヨハネス・ケプラーとガリレオ・ガリレイがコペルニクスの考えを支持。ケプラーはその後、コペルニクス説を修正し、惑星は円軌道ではなく、楕円軌道を描いていると主張します。そして、アイザック・ニュートンが登場し、有名な万有引力の法則(*4)を仮定します。このように、キリスト教を含む宗教の宇宙・世界観とも対立・両立させながら「科学の基礎」を発展させていったのがヨーロッパ文明ですが、本書を読むと、そういった科学の歴史の延長上、その歴史の最先端の研究を担っていたのがホーキング博士であったことがわかります。


  ちなみに前述したイギリス王立協会の設立は、1660年。日本で言うなら江戸時代徳川家第4代、家綱の治世です。同様にケンブリッジ大学のルーカス教授職が設けられたのも 1663年。このような国の権威ある科学研究機関が17世紀にすでに設立されている、というところに(イギリスを含めた)ヨーロッパにおける科学歴史の懐の深さを感じます。古代ギリシアから中世ヨーロッパの歴史に親しむとよくわかるのですが、科学の歴史も、思想や哲学、政治、法律、経済などの歴史と同様、古代ギリシア・ローマが源流でそこからキリスト教会との妥協・対立もありながら、現代における科学研究の地歩を築いていったことがよくわかります。

そのような科学と宗教の対立という構図は過去のものではなく、実は程度の差こそあれ現在にも存在しています。本書においてもホーキング博士はこんなエピソードを紹介しています。


  1981年ヴァチカンでイエスズ会開催の宇宙論会議が開催されます。この会議はかつて、教義を笠に着て太陽が地球を回っていると宣言したガリレオにひどい仕打ちを加えたカトリック教会が、それから何世紀か経った今、専門家を招き助言してもらおうと決めたことから開催がきまったのですが、この会議に出席したホーキング博士は最期に法王との謁見を許されます。しかし、そこで法王が語った言葉とは、次のようなことでした。。「ビックバン(*5)以後の宇宙の進化を研究するのは大いに結構だが、ビックバン自体は探究してはならない、なぜならそれは創造の瞬間であり、神の御業なのだから。」


  これに対し、ホーキング氏は次のように考えます。。「宇宙に始まりがある限り、宇宙には創造主がいると想定することができる。だがもし宇宙が自己完結的であり、境界や縁(ふち)をもたないとすれば、始まりも終わりもないことになる。宇宙はただ単に存在するのである、だとすると、創造主の出番はどこにあるのだろう。。?」

(*1)ルーカス教授職:ケンブリッジ大学の数学関連分野の教授職(ポスト)のひとつで、ヘンリー・ルーカス(英語版)による資金提供によって1663年に設けられたものである。ニュートン、バベッジ、ストークス、ディラック、ホーキングなどが務めたことで、大変に極めて名誉ある最高位の学術的地位とされている。(*2)唯物論:観念、精神、心を含めた根源的なものはすべて物質である、とする考え。この考えはその後、生物・生命科学に発展します。(*3)原子論:自然はそれ以上分割できない最小単位としての原子から成り立つとする理論。(*4)万有引力の法則:宇宙のどの物体も他のすべての物体からある力で引かれており、この力は物質の質量が大きければ大きいほど、また物体どうしが近ければ近いほど強い。(*5)ビックバン:宇宙の始めの大爆発。ガモフらが唱えた説で、約138億年前に起こった大爆発により、超高温・超高密度の状態から急膨張しはじめ、急激な温度降下の過程で素粒子を生成し、今日の宇宙ができたとする。膨張宇宙・宇宙背景放射・元素の存在比などが証拠とされる。(コトバンクより)