デジタル・ゴールド ビットコイン・その知られざる物語
このブログを書いている2024年末時点、2025年のアメリカ大統領選挙に勝利したトランプ次期大統領は、ビットコインを国家の準備金として蓄えようと考えてます。この発言を受けて他国でもビットコインを準備金として保有する動きが続くであろう、という予測もあります。(トランプ次期大統領は、保守的な中央銀行の体制に風穴を開け、イノベーションを業界に興したい、とする真意があるようです。
銀行業界は確かにトランプさんの言う通り、保守的な面があります。「例えば家を欲しい、と思って銀行へお金を借りに行くにしても、審査が通るのに数十日もかかる現在では、その審査が通った時には、その物件は誰かに買われてしまっている。」と彼は話します。また、海外の銀行間の送金に欠かすことのできない SWIFT制度(国際銀行間通信協会。国際金融機関の通信業務を遂行するために 1973 年設立。本部はベルギー)。これも日本の銀行から海外の銀行へ送金する場合、送金する国にもよりますが、その間に1,2行を入れて、そして送金関係にある銀行同士が残高をやりくりしながら送金するので、送る日数もかかり、送金手数料も割高になります。このSWIFT制度を始めとする旧態依然(1970年代から)のやり方を未だに踏襲している金融業界をみると、元ビジネスマンだった、トランプさんとしては、「ここにビジネスチャンスがある!」と思ってしまうのでしょう。
この保守的な金融業界の波にもまれながらも誕生以来、徐々にその存在感を増し、最近では投資信託にも採用されている現代のデジタル・ゴールドとも呼ばれるビットコイン。このデジタル・イノベーションの誕生からそのビットコインがシリコンバレーの ITコミュニティの経営者や投資家に受け入れられるあたりまでを丁寧に取材したのが本書「デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語」(サナニエル・ホッパー著)です。(出版は2016年)
まずこの本を読んで驚いたのは、今やビットコインの創設者でありレジェンドになっている、サトシ・オカモトの初期の活動が描かれていることでした。著者がサトシ・ナカモトに実際に取材したのではありませんが、初期のビットコイン・コミュニティーの中で実際に投稿などでやりとりした人物からサトシ・ナカモトとの連絡や通信内容を取材し、ビットコイン・プロジェクトの立ち上げの様子を再現しています。
2008年8月、どこからともなく現れたサトシ・ナカモトは、ハッシュキャッシュの開発者、アダム・バックにビットコインに関する短い論文をメールし、「目を通してほしい、」と依頼します。それから6週間後のハローウィンの日、彼はもう少し肉付けした提案を暗号学の専門化へ送ります。「私は完全にピア・トゥ・ピア(P2P)で、第三者機関 (TTP) にまったく頼らない新たな電子マネーシステムの開発に取り組んできた。」 それは、すべての取引とユーザーの保有高をすべてのコンピューターを使って、コミュニティが維持・管理する「ブロックチェーン」を使ったシステムでした。このサトシの投稿を暗号学専門の一人ハル・フィニーが支持。それ以来、デジタル通貨や暗号学のコミュニティーで徐々にサトシのアイデアは支持され、マルッティ・マルミ、ギャビン・アンドレセン等と共にビットコイン・ソフトウエアの開発が続けられていきます。そしてサトシは2010年12月頃、ビットコイン・フォーラムへの書き込みを最後にコミュニティから退きます。ここからビットコインは、その思想・技術を支持する人々の期待や思惑、希望、そして欲望を巻き込みフィンテック技術を利用したデジタル・コモデティとして存在感を増していくことになります。
本書を読む限りでは、サトシ・ナカモトは決して独善的ではなく、純粋な気持ちから「国の意図により発行量が調整されるのではなく、中央集権型から分散型で、民主的に価値が維持される新しい通貨」の創造を意図していたことがわかります。仲間とメールのやりとりでああでもない、こうでもないと日々悩んでいたことがわかり、なんとなく親近感を覚えました。(ところで、このサトシ・ナカモトの正体ですが、この本書でも、本物のサトシ・ナカモト探しに奔走するジャーナリスト連中の話を紹介し、結局は本物が誰か特定できなかったというエピソードが語られますが、最近読んだいくつかのネット記事を総合すると、「彼はどうやら日本人ではない。」ようです。彼の書く英文には日本人の多くが誤る文法ミスは見当たらず、また所々英国人が使うような英語のフレーズが散見されるようです。ですからもしかしたらイギリス人かも知れません。)
本書では、このサトシ・ナカモトの他、初期のビットコイン・コミュティーのメンバーも紹介していますが、その中には反体制的・反社会的な異端児もいます。ビットコインの中核技術であるブロック・チェーンの特徴の一つが匿名性。つまりこの技術には、マネーロンダリングや麻薬などの違法取引に利用される危うさも存在します。本書では、このビットコインの特徴を利用して麻薬取引を行うロス・ウルブリヒトを紹介。彼はビットコイン・フォーラムに書き込みを始めながら麻薬のオンライン取引を目的にに2011年、ウェッブサイト「シルクロード」を開設。2013年に逮捕されるまで、資金洗浄、不正な麻薬取引を行いました。(本書では、彼の逮捕劇も描かれます。)
また、若くしてビットコイン取引所の経営者になったマルク・カルブレス。彼は日本好きで 2009年頃来日。ジェド・マケーレブが創設したマウントゴックス社を買収して経営権を握ります。マウントゴックスは、2013年4月には全世界のビットコインの取引量の約7割を取り扱う世界最大のビットコイン取引所となったのですが、いかんせんマルクはまだ企業経営の経験のない若い技術者。公と私を混同するような毎日の経営者ぶりで、おまけにビットコインの管理方法も社員技術者に徹底していなかったこともあり、マウントゴックスはハッキングの被害に遭い、保有していたビットコインが消滅。ビットコインの払い戻しを停止したマウントゴックスは、その後民事再生法を申請し経営破綻します。(ちなみにこのマウントゴックス。渋谷の二丁目あたりにあったようです。)
このようにフィンテック・イノベーションに危うさを持ち込むような人々がいる反面、このイノベーションを社会のために発展させたいと思う人々もいます。例えば、投資家ウェンセス・カサレス。彼が生まれたアルゼンチンは、彼が幼少の頃、自国の通貨安定に苦しんでいました。1980年代、経済はハイパーインフレに陥り。ペソから新紙幣・アウストラルを導入したり、その後ペソを価値をドルと連動させたり、といった金融政策を行うのですが、その試みは失敗し未曾有の金融危機を招きます。インフレ率はなんと年率100%超。
ウェンセスの家は牧羊業を営んでいましたが、その売上げが入金されるまで一カ月かかると、その価値はインフレに吸収されてしまい、家計はますます窮乏します。特にインフレに関して彼の記憶に刻まれている出来事があります。それは、1984年軍事政権が崩壊した直後のハイパーインフレ。ウェンセスの母と二人の妹と一緒に食料店に買い物に行った時のことです。母は子供たちと職場からもらったばかりの給料を持って店員が値札の数字を書き換える前の食料品を店中かき集めて買ったのです。店員は一日中、売り場を移動しながらインフレの動きに合わせて棚の商品の値札を替えているため、商品の値段が上がる前に少しでも買いだめておく必要があったのです。その日、買い物でお釣りがあったので、ウェンセスは再び店内を駆け回って食料を買い集めました。このようにアルゼンチンでは、お金を手元に置いておくことは、お金を失うことと同じだったのです。
このため、ペソは日常品を買う交換手段として使われましたが、お金の価値を保存する手段として人々はペソをドルと交換して保管したのです。しかし、ウェンセスの住む近所にはドルと交換するにも怪しげな両替商しかありませんでした。そしてやっとドル紙幣に両替したとしても、その保管場所は家のタンスやマットレスの下といった心もとない場所。もし空き巣・強盗にあったら、、と思うと心穏やかではありません。アルゼンチンの金融システムの問題は他にもありました。多くの発展途上国と同様に、銀行口座を開くのは驚くほど難しく、クレジットカードをつくるとなるとそれ以上の難題だったのです。ウェンセスはアルゼンチン育ちなのに銀行口座を持ったことがありません。このため公共料金は薬局などで現金払いしなければならず、常に100ペソの札束を持ち歩かねばならない、と話します。
このような経済状況にある人々にとって、価値が国の経済政策・金融政策で目減りせず、(そのため)他国の通貨と交換する必要がなく、海外送金が短時間で手数料がいらず、そして持ち運びの必要のないデジタル・コモデティ(通貨)というのは一種の理想通貨なのです。
ウェンセスが初めてビットコインを知ったのは2011年末、この頃、友人からビットコインが母国アルゼンチンへの安くて速い送金手段になる、と教えてもらいます。彼は少額のビットコインを使いはじめます。そして、その一方で、その安全性を確かめるため東欧の友人の凄腕ハッカーに10万ドルを送り、ビットコイン・プロトコルをハッキングできるか実際に試してもらったのです。ウェンセスは、「偽造や他人のコインの使用が可能かどうか?」がビットコインのアキレス腱(になりうる)と考えたからです。しかし、友人ハッカーが出した結論は「ビットコインの取扱所の中には侵入できるところもあるかもしれないが、大元のビットコイン・プロトコル自体はハッキング不可能」というものでした。
これ以来、ビットコインの熱烈な支持者となり、「ビットコインには世界を変える力がある。」と信じているウェンセス。シリコンバレーで大物投資家の支持を獲得していきます。彼は「いずれビットコインが人類史上最高の決済ネットワークになる。」と確信しています。しかしそれが実現するのは、10億人の人々がビットコインを持つようになった時。しかし、彼は1993年頃のインターネットの状況を例にとって話します。世の中にまだ1000万個の電子メールアカウントしか存在しなかった当時、彼は世界の誰にでも自由に情報を送れる技術は、やがて重要な意味を持つと確信していました。当時彼はさっそくアカウントを取得。「これで大学の教授とメッセージ交換ができるんだ、」と得意げに母親に話しました。しかし、「とんだ物好きだ、そんなものはまるで役に立たないよ。」と母から馬鹿にされる始末。(でもそれは今現在、実現しています。)そして今、彼は「世界の誰にでも自由に資金を送れる技術はやがて重要な意味を持つようになる」と確信しています。
この本が出版されたのは2016年、つまり 8,9年も前。ビットコインをめぐる状況はまだまだウェンセスの思い描いていたようにはなっていませんが、少なくとも確かなことは、(前述したトランプ次期大統領の発言にもあるように)ビットコインのプレゼンスは以前よりはるかに高まっていることです。
ビットコインの将来についてはさておき、本書を読んで日本人としてうらやましかったのは、ブロックチェーン技術のようなイノベーションをポジティブに開発・成長させることができるアメリカの体質です。一方の我々日本。この30年ぐらい経済成長から遠ざかっていますが、その一つの要因は、いろいろな人が指摘するようにイノベーションの欠如です。
いろいろ悪口も言われるウォール街の投資業界。しかし、私がいつもウォール街に感心するのは、常に金融イノベーションを興す若者が登場し(その世代交代は早いのですが)、そのイノベーションにより常に新しい富(価値)が創造されていくことです。そして違法だと思われるところがあっても、それは後から法整備を行っていく。つまり、法制度がイノベーションを事後承認するような形で産業を育てていく。換言すれば、法規制が最初にあるのではなく、こうやりたい、ああやりたいという若者の意欲が先行し、それが形づくられた後に法の整備が始まるので、初期のイノベーターたちのアイデアの良さ、意欲、勢いがそのまま継続されて産業化されていくことです。どうも日本の場合、規制が先にありきのような感じするのは私だけでしょうか。。。
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