栗山ノート
現役選手時代、一回だけのゴールデンクラブ賞のみの受賞経験に終わり、自らの病気のため引退。しかしその後、スポーツキャスターという立場から野球を見つけ続け’、日本ハムファイターズの監督、さらには、ワールドベースボールクラシック(WBC)の監督を歴任。日本ハムファイターズでは監督就任一年目でリーグ優勝し、2023年のWBCでは、日本を二度目の世界一に導くなど指導者として見事な実績を築き上げた栗山英樹さんが著書です。
栗山さんがスポーツキャスターを務めることになったテレビ朝日のニュース番組の初日、運よく栗山さんの初キャスターぶりを拝見する機会に恵まれましたが、理路整然と解説する語り口は、それまでのスポーツキャスター(現役時代に大きな実績を残し選手からスポーツキャスターへ転身した解説者)のものとは、まったく違っていたのを今でも覚えています。通常、テレビのスポーツキャスターというのは、現役時代とびぬけた実力と抜群の知名度が命であった時代、彼のような経歴の人がスポーツキャスターをすること自体、とても新鮮だったことを今でも覚えています。
本書に書かれている栗山さん自らの紹介によると、まずテスト生でヤクルトスワローズに入団。「テスト生というのは、プロ野球界というヒエラルキーではもっとも低い立場。」 そして周りの選手とのレベルに愕然とします。そのような自分の立場でチームに貢献するためにはどうすればいいか、、それを常に考えながらプレーします。しかし、「どうにか1軍でプレーできるようになると、原因不明のメルエール病を発症。前触れのないめまいに悩まされ」続けます。栗山さんはこの病気を理由に、体力的にはまだ十分プレーできたにもかかわらず29歳で現役を引退します。
しかし前述のように、スポーツキャスターという立場から野球を見つけ続けるチャンスに恵まれ、その後、当時の北海道日本ハムファイターズのゼネラル・マネージャー吉村浩さんから監督就任のオファーを受けます。現役時代の成績の乏しさからオファーを迷い続ける栗山さんへ吉村さんが一言。「栗山さん、命がけで野球を愛してやってくれれば、それでいいのです。」この言葉に励まされた栗山さん。監督就任オファーを引き受けます。
監督就任後、彼は一つの事を習慣化することを決めます。試合の終わりにその日の試合の反省点、改善点、出場選手のプレーや言葉での気づきをノートに書き出す作業です。これを毎日欠かさず行うようにしたのです。これは、地元の少年野球チームの監督を務めていた父の教えから、栗山さんが少年野球時代、試合における反省点や気づきをメモにするように習慣づけられていたものを彼なりに工夫し、深化させたものです。このノートを付ける習慣が今では「栗山ノート」として知られているのです。
このノート書きを習慣化する、とに決めた栗山さん。試合に負けた後は、悔しさからノートに書く文字が乱暴になったり、書いた言葉が理路整然としないこともありました。また、試合後の疲れから睡魔が襲い、気が付けば夜空が白んでくることもたびたびあったそうです。こうした生来の努力家の姿勢が実り、2012年の監督就任一年目から早くも読売ジャイアンツと日本シリーズを戦うまでの実力集団にチームを育成します。しかし、翌2013年はリーグ最下位に。。この時、元来、読書好きの栗山さんは心機一転、自宅の本棚においていたリーダー論、組織論が書かれているビジネス書や東洋や中国思想の「四書五経」を中心に、片っ端から古今東西の古典を読み続けることを決意します。
今でも栗山さんは、試合を通して思ったこと、感じたこと、気になった選手の言葉・行動などを四書五経を中心とした東洋思想の思想家達の言葉や実績ある経営者の言葉と共に頭の中で反芻し、自分の監督としての資質を高めていく作業を継続・発展しています。本書を読んで実感したのは、栗山さんは四書五経や、いろいろな経営者(稲盛さん他)の著書を読んで、それを読んだだけにせず、自分のものにしていること。つまり、ノートに書きだすことにより、その言葉を自分の中でかみ砕き、反芻し、自分の考え・感じたことに置き換え・発展させて自分のものに昇華させる作業を丁寧に行っていることです。
そしてそういった作業の集積が、今の栗山さんの真骨頂とする選手の指導方法、つまり今までの枠にとらわれない選手の起用方であったり、また、選手の能力とやる気を引き出す能力、そして、選手を人として思いやるというような人格を創っていったのだと思います。こういう人だからこそ、「二刀流」で今までの常識を覆し、人気を博する 大谷 翔平選手や、2023年のWBCではそれまで日本ではまったくの無名選手であったラーズ・ヌートバー選手を大胆に起用できたのでしょう。ヌートバー選手はWBC後、チームプレーに徹するその姿勢が日本選手以上に日本人的で人気者になったのは、みなさんご存じの通りです。正に「故きを温ねて新しきを知る。」という言葉がぴったりの指導者だと思いました。
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