はじめてのギリシア悲劇

      以前からいつか挑戦したいと思っていた「ギリシア悲劇」。まずは、その入り口から学ぼうと考え、今回この「はじめてのギリシア悲劇」に挑戦しました。ギリシア悲劇というとイタリアの映画監督、ピエル・パオロ・パゾリーニがつくった作品とか、キャサリン・ヘプバーンやヴァネッサ・レッドグレイヴが出演した『トロイアの女』(1971年)などが映画作品として頭に浮かぶのですが、それらの作品を鑑賞した当時は、今ほど古代ギリシアに関心がなく、ストーリーがあまり(というか、さっぱり)理解でなかった印象が強く、ギリシア悲劇に対する苦手意識があったのですが、この丹羽隆子さんの「はじめてのギリシア悲劇」は、その起源や、古代ギリシア人が悲劇に込めた思い、そして作品の内容など初心者にもわかるようによく書かれた入門書だと思いました。


       前510年のアテナイの僭主政の崩壊、つづく前508年のクレイステネスの改革によりアテナイ(アテネ)に民主政共同体(ポリス)国家が誕生します。この共同体において社会秩序も次第に形成され市民の社会的、政治的、精神的な人間的な成長を促します。そういった個としての人間性の高まりに、当時の人々の人生観や宗教観が加わり、人間の存在、運命などといった人の心の深淵を探る質の高い演劇(総合的舞台芸術)が誕生します。それらは主に「悲劇」という形をとり、ディオニューシア祭(*)において上演されます。そしてそれは、コンペティションという形で審査員や観客に審査され、その悲劇の作者(悲劇詩人)は、観客の魂をゆさぶり、己の人生に対する共感・沈思をうながす作品群を競い合って書くようになります。 当時、このコンペで上演される悲劇は、応募作品の中から執政官が選びました。選ぶ条件は2つあり、「かならず新作であること」、そして、「神話伝説を枠組みとすること」、です。自分たちの知る神話伝説の中に悲劇詩人は自らの思想や運命感、人生観といった創意を加え、独自の物語に昇華していきます。そのようにしてギリシア悲劇は深化し続けていったのです。(P14)このコンペティションに与えられる賞品は、常春藤(きづた)の冠だけだったのですが、その名誉は大きく、作者や上演関係者はその名誉をかけ悲劇の上演を競い合ったのです。

      

  そのように当時は毎年、新作が上演され続けたギリシア悲劇ですが、現存するのはわずか33篇のみ。三大詩人といわれるアイスキュロスの作品が七篇、ソポクレスが7篇、エウリピデスの作品が十九編。 しかし、わずかといったらいいのか、よくぞといったらいいのか、とにかく33篇は現代の我々も鑑賞することができるのです。しかもそのどれもが、長い時間の経過・評価に耐え抜いた作品ばかりです。


  三大詩人の一人、アイスキュロスはアテナイの貴族階級出身。なんとマラトンの戦いやサラミスの戦いに従軍した軍人でもあり祖国のために戦ったことを終生誇りとしていたようです。祖国アテナイへの愛と矜持、そして高い宗教的倫理観、ゼウスへの一神教的信仰を特徴とした作品をつくりました。代表作には自身が従軍したペルシア戦争を題材にした『ペルシア人』(現存する最古のギリシア悲劇で、当時の戦争の様子がたとえ舞台とはいえ現代に語られることは奇跡のように思えます)、他『プロメテウス』『アガメムノン』『オレステイア』(三部作)などがあります。


  このアイスキュロスと同様、ソポクレスもアテナイの富裕層出身です。多くの国家的要職を歴任し、二度にわたり将軍職に就き、デロス同盟の財務官の任にあたった超エリートであり、偉大な詩人でもあった人です。アテナイの有名な政治家ペリクレスとも国事に関わったこともあり、詩人として九十歳近くの晩年まで傑作を書き続けました。彼の代表作には『エレクトラ』『アイアース』などありますがなんといっても有名なのは『オイディプス王』でしょう。

  

  そして3人目はエウリピデス。先の二人と違ってアテナイの商人の息子として生まれ公職には就かず、サラミス島の洞窟を書斎とする隠遁生活をおくった世捨て人的作家で、女嫌い、人間嫌い、合理主義者、不可知論者、無神論者、、などなど人々からいろいろな呼ばれ方をされた多面性を持つ作家でした。彼は先の二人がつくった悲劇の伝統性を逸脱し、新機軸を持ち込んだ変革者でもあったのです。そのため彼は当時の都市で生活していた周縁の人間、非市民、女性や弱者の人生にも深いまなざしを向けた詩人でした。『メディア』、『ヒッポリュトス』『トロイアの女』『ヘレネ』などがありますがやはり彼の代表作には前の2人とはちがって愛情や運命、そして戦争に翻弄される女性の悲劇を格調高く描いているものが多いようです。


       実は古代ギリシアには悲劇の他、陽気な喜劇やサテュロス劇などもあったのです(サテュロス劇というのは、悲劇と喜劇の中間にあたり、神話や英雄の物語をユーモラスに描くもの)。しかし、ギリシア演劇で素晴らしいと言われるのは圧倒的に悲劇作品です。ではどうして、古代ギリシアの演劇において悲劇ばかりがもてはやされるのでしょうか・・・


  これは私見なのですが、それは、当時いくらギリシア世界が思想、哲学、学問や芸術などさまざまな分野で優れていたなどと学識者が評価しても、しょせん、当時の古代ギリシャの人々は、自分の周りに無限に広がる青い天上界や夜空に輝く無数の星々、そして冬に荒れ狂う海や嵐、オリンポスの山上で鳴り響く雷や嵐、、そして夏の干ばつや地震など人間の存在を圧倒する大自然の脅威や、その大自然に対する畏敬・畏怖を感じ、そこに幾多の神々の存在を感じたのだと思います。また、一方の人間社会においては、都市国家間で繰り返される幾たびも繰り返される戦争や、その戦争の後、敗者に訪れる悲惨な運命(戦争に負ければ、勝者の奴隷となり、家族、夫婦、そして男、女、子供問わず過酷な人生が待っています。)、戦争で破壊された都市に残った女性、子供、老人などもたとえ奴隷にならずに済んでも、そいうった弱者には奴隷の人々と同様、過酷な生活が待っていました。また、当然ですが、当時の社会はそういった弱者を救済する制度も全くありません。。そういった社会で毎日を過ごす人々にとって人生はまさに過酷そのもの。。人々は日常的に自らの運命の非情さや儚(はかな)さ、、そして、大自然に対しては、己の存在の卑小さ、無力さを感じ、オリンポスの山々に住む神々のちょっとした差配に翻弄され続けるのが我々の宿命、、という一種の諦観・あきらめを共有していたのだと思います。


  例えばトロイア戦争を題材にしたホメロスの「イーリアス」や「オデュッセイア」。「イーリアス」はトロイア戦争を題材にした作品ですが、この戦争の発端は、オリンポスの山上に住む女神たちが互いの嫉妬から起こした諍いが原因になっています。オリンポスの女神の思惑により、トロイアの王子がギリシアの美しい王女を誘拐しその女王を奪還するためにその王子はギリシアの国々の勇者・猛者を集めトロイアへ向かい、誘拐されたギリシアの女王奪還のために十年にも長い闘いを繰り広げるのです。そして、このトロイア戦争の終結後のお話が「オデュッセイア」。トロイア戦争に勝利したギリシア軍の英雄の一人、オデュッセウスがギリシアの故国へ帰還を果たすまでの冒険譚ですが、このギリシア一の英雄でさえ、海神ポセイドンや、彼の心を誘う妖精たちの妖力、人間を餌食にする怪物たちに仲間を食べれらたり、さらには、黄泉の国を訪れるハメになり、その黄泉の国では今はなき友人や戦友の亡霊に同情と悲しみを禁じえなくなったり。。とギリシアの神々や黄泉の国の番人、そして己の運命に弄ばされる果てにやっとの思いで故国への帰還する姿が描かれます。 正にそこに描かれるのは、常に天、地、海を支配する大自然の脅威や、オリンポスの神殿にいる神々の神力に翻弄され続ける人間たちの姿です。


      さらには、「ギリシア悲劇の最高傑作であるのみならず、古代文学史における最も著名な作品であり、後世に多方面にわたって絶大な影響をもたらした。」(Wikipedia)といわれる作品「オイディプス王」(ソポクレス作)。


         テーバイの王ラーイオスは、「お前の子がお前を殺し、お前の妻との間に子をなす」という神託を受けます。そのため、彼は産まれた男子を殺そうと、妻イオカステー命じますが、やはり自らが産んだ子。この男子を側近に預け王の命令を託します。しかしこの側近も赤子を殺すことはできず山に捨てます。その子は羊飼いを通して隣国のコリントス王夫妻に拾われ、息子として育てられます。


  この男の子はオイディプスと名付けられ、立派に成長しますが、周囲から「王の実子ではない」という噂を聞き、神にお伺いを立て神託を授かります。それは「故郷へ帰ってはならぬ。お前は父を殺し、母を娶るであろう。」というもの。 彼にとっての故国はコリントスです。オイディプスは、さっそく神託を恐れ、故国を捨て、隣国テーバイへ旅立ちます。


  その旅の途中、コリントスとテーバイの国境の寂しい山中。山道は狭く谷がすぐ横に迫っています。ここで彼は、ふとしたことから反対側からくる旅の一団と道を譲り合う、合わないの口論をして、その主人である老人を殺してしまいます。そして、無事に隣国テーバイに到着。その後オイディープスは神のお告げ通りにテーバイの王になるのですが。。。

  

  ここまでのストーリーを読んでる皆さんも、オイディプスが、自分の呪われた運命を避けるため、その神託とは反対の行動をしようとする、ということがわかると思いますが、それがかえって自分に与えられた神託(運命)に近づいていく、、という皮肉がこの物語の骨子になっているのです、 そして、結局は、自分が知らずのうちに自分の父親を殺し、しかも自分を生んだ母を妻としてしまい、神託は成就しまうのです。この作品においても神にいたずらに翻弄される人々の運命を描いています。


  いくらがんばっても、自分だけではどうすることもできない運命(神々の差配)、人生の運命の綾、機微(日本では、業とか因縁、輪廻転生とかいうのでしょか。。)に当時の観客は深く共感していたのだと思います。我々を操る神々、そして、彼等、彼女らのちょっとして思惑・心変わりで変わっていく(翻弄される)人間の運命。。。また神々だけでなく、人間の生活に容赦ない大自然の脅威、、、このような圧倒的な力に翻弄される人間の卑小さ、悲しみ、そいういった人間の生の儚さを表現する手段として、主人公たちを格調高く、威厳を持った存在として描く手段である「悲劇」に対し、当時の人々は深く共感したのだと思います。


  ふと現代に目をやってみてると、現実の世の中も(昔ほどではないにしても)天災、戦争、疫病、掲示格差、不平等、いろいろな不条理が姿かたちを変え生き続けています。人が人であり続ける限り、昔の人や現代人に変わりはないはず。今も昔も運命にあやつられる人々を共感を持って、人生の無常や不条理を格調高く人々の心情に訴えるからこそ、「ギリシア悲劇」は今でも人々の心の琴線に触れる。のだと思います。

(*)神ディオニューソスを祝して古代アテナイで催された大祭。












Hisanari Bunko

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