人を動かす [完全版]
著者のデール・カーネギー氏(*1)は、アメリカ・ミズーリ州生まれ。サラリーマンなどの仕事を経たのち、以前から志望していた作家を本気で志すようになった彼は、YMCAで夜間に「話し方」教室(*2)の先生をやり、昼間は作家志望として物書きを始めます。しばらくすると、彼の「話し方」の講義は評判となり、カーネギーは、「人間関係」についての書籍を書きます。その本は1936年出版され、たちまちのうちに評判となり世界で3,000万部以上を売る上げるベストセラーとなり、今でいう「自己啓発書」のブルー・オーシャンを築いたのです。その本が今回紹介する「人を動かす」(完全版)です。(今から考えると不思議なのですが、組織やコミュニティにおける「対人関係」や「人間関係」の問題は、当時も多くの人が当時悩んでいたのですが、しかし、その解決策を具体的に示した研究所や書籍は一冊もなかったのです。ちなみに、Wikipediaでは、D.カーネギーは、「アメリカの作家で教師にして、自己啓発、セールス、企業トレーニング、スピーチおよび対人スキルに関する各種コースの開発者」として紹介されています。)
うーん。。確かに会社や会社以外の非営利の組織でも、自分の目的遂行や利益獲得のために周りの人の協力を仰ぐとういことは必要ですし、営業なんかでは、相手の懐に入って相手の信頼を勝ち取ることが必要になりますね。
当時、シカゴ大学とYMCAは多額の費用と2年の歳月をかけて、コネティカット州メリデンで大人の学習意識についての調査を行いました。「その結果、大人にとって最大の関心事とは、健康の次に『人間関係』だとわかったのです。相手を理解する方法、仲良くする方法、人から好かれる方法、また、自分の考えを相手に受け入れさせる方法が必要とされていました。(中略)この調査を行った委員会は、メリデンの人々のために対人技術を磨く講座を開くことにし、この講座で使えるような教科書を探しました。しかし、そのような書籍は一冊もこの世に存在しなかったのです。」(P5)また、対人関係が上手な人は(下手な人に比べて)高い給料をもらっていることもわかりました。「私が長年開催している技術者のクラブや支部における講座において、多くの参加者たちは自らの経験から、『最高の技術者=最高の給料取り』とは限らないと気づいていました。技術的な能力に加えて、人のやる気を喚起する能力がある人は、昇進しやすいのです。」(P5)
では、「人を動かす最大の秘密」って何でしょうか。カーネギー氏は、ズバリ、「人を思い通りに動かすたった一つの方法は、相手が欲しものを与えることなのです。」と言っています。(P32)そして彼は、アメリカの哲学者ジョン・デューイの言葉(「人間の最も深い衝動は、有用でありたいという欲求である。」)を引用し、「自己有用感への渇望」という表現をしています。(自己有用感 = 自分の存在が周りの人に役立っている、貢献していると認識すること)「(自己有用感というのは)消えることのない心の飢えです。望み通りにしてあげられる人間は滅多にいません。自分の価値を感じたいという欲求は、人類と動物を隔てるものです。もし、私たちの先祖に、自己有用感への燃え上がる衝動がなければ、文明も築けず、私たちは今でも動物同然だったはずです。」(P34)
カーネギー氏は、話し相手に有用感を与える簡単でしかも重要な方法を紹介しています。そして、そのことを理解していた歴史上の人物として、フランクリン・ルーズベルトを紹介しています。では、人に有用感を与える簡単で重要な方法とは何でしょうか。それは、「相手の名前を覚える」ということです。「ルーズベルトは、人の名前を覚えることと相手に有用感を与えることが、好意を得るための最も単純かつ明確で重要な方法だということを、知っていました。ところが、それを実行できる人はどれだけいるでしょう? 『有権者の名前を覚えるのは、政治的手腕である。忘れれば忘れられる』これは、政治家が学ぶ大きな教訓の一つです。名前を覚える能力は、ビジネスでも社交でも、政治の場面とほぼ同じくらい重要です。人間にとって、自分の名前が最も甘美(かんび)かつ、大切な音なのです。」(P100-102)
話し相手に有用感をあたえる有効な方法は他にもいくつかありますが、会話において「聞き上手」になることも重要です。「何百人もの有名人にインタビューした、ジャーナリスト、アイザック・マーカソンは、多くの人は、注意深く人の話を聞かないために、好意的な印象をつくることに失敗すると言います。人の話を長く聞かない。ひたすら自分について語る。人が話している時、自分の考えを思いついたら途中で遮る。『みんな、自分たちが次に何を話すかで頭がいっぱいになり、耳を傾けていられない。重要人物は、話上手より聞き上手な人を好む。どんなに優れた特質よりも、聞く能力は素晴らしいもののようだ。』」 「話し上手になりたいなら、注意深い聞き手になることです。あなたが話している相手は、あなた自身やあなたが抱える問題よりも、彼ら自身と彼らが抱える問題に、100倍も関心があるということに注意しましょう。」(P116)(ここで著者が注意するのは、大切なのは、単に相手の話をきくのではなく、相手の価値を認め、相手に敬意を払いながら会話を行う、ということです。)
相手に有用感を与えることの他、自分の第一印象を良くすることも「相手を動かす」重要な要素です。その一番簡単な方法が「笑顔」をつくることです。「行動は、言葉より多くのことを伝えます。笑顔は、『あなたが好きです。あなたのおかげで幸せです。会えてうれしいです。』ということを物語っています。(中略)作り笑いでは誰も騙せません。私が話題にしているのは、本当の笑顔のこと、心温まる笑顔のこと、心の底からの笑顔のこと。プライスレスな笑顔のことです。」 著者は、自身の講義の宿題として、当時のビジネスパーソンの生徒さんに「一週間、笑顔でいること」を課題として告げたことがあります。その生徒さんの一人、ニューヨークの株式仲買人のウィリアム・スタインハートさんは、一週間でこの課題を終わりにせず二月続けました。二か月後、彼は、以下のようにカーネギー氏に報告したのです。「出勤する時は、マンションのエレベーター係に『おはようございます』と笑顔で挨拶し、ドア係にも笑顔で挨拶する。地下鉄の窓口でお釣りをもらうときも笑顔を見せるし、証券取引所では、私が笑うところを一度も見たことがない人にも、笑顔で挨拶した。みんなが笑顔を返してくれることは、すぐにわかった。不満や苦情を言いに来る人たちにも、明るく接して笑顔で話を聞けば、解決はずっと簡単になる。(中略)私は非難することをやめ、尊重と感謝を示した。自分が欲しいものについて話すことをやめて、相手の視点に立とうと心掛けている。こうしたことが私の人生に文字通り革命をもたらした。より幸せになって、より豊かになって、友人にも恵まれた。こんなに素晴らしいことはない。」
ここでカーネギー氏は彼の職業の難しさについて話しています。「この手紙を書いたのが、世慣れた株式仲買人だということを思い出して下さい。彼はニューヨーク場外取引所で、独立して株を売買して生計を立てています。それは一万人のうち、9,999人が失敗する、非常に難しい仕事と言われています。」(P86)
カーネギー氏は「話し方」の専門家ですが、「議論」についても興味深いことを言っています。「私は、後にニューヨークで、ディベートと討論を教えました。お恥ずかしい限りですが、そのテーマで本を執筆するつもりで、無数の議論を聴き、批評し、参加し、観察しました。その結果、議論において最善の成果を得る方法は、この世にたった一つしかないという結論に達しました。その方法とは、議論を避けることです。毒蛇や地震を避けるように、議論を避けるのです。(中略)相手をやり込めたとしましょう。相手の論点を攻撃し、徹底的にやっつけたとしても、それでどうなりますか? あなたは良い気分です。でも相手はどうでしょう? あなたは相手に劣等感を与えました。相手のプライドを傷つけました。相手はあなたを快く思わないでしょう。無理に説得しても、人は本心を変えません。」
「議論の上手な避け方」ついてカーネギー氏は、ベンジャミン・フランクリンの自己改革法を紹介しています。「人の動かし方、自分自身のマネジメント、または個性の改善について、優れた助言が必要なら彼の自伝を読みましょう。最も魅力的な伝記の一つであり、アメリカ文学の古典です。彼がどのようにして、議論好きの悪習を克服し、アメリカ史上、最も有能で人当たりが良く外交手腕に長けた人物へと、自分自身を変えていったのかがわかります。」(P158)
フランクリンは、自身の議論好きを友人から批判されて考えます。彼は、議論をする時にルールを決めます。それは次のようなものでした。「他人の意見に真っ向から逆らう言動や、断定的な言動はすべて慎む。『確実に』『疑問の余地はない』といった表現は使わない。代わりに『私は~と考えます。』『私は~と理解します。』『今のところそう思われます。』といった表現を用いた。いきなり相手に反論したり、主張に何らかの矛盾を見つけたりする楽しみは封印した。反論する場合は、『ある条件下では正しいでしょうが、この場合はやや違うかもしれません』などど言うことにした。(中略)新しい制度や旧制度の修正を提案した時も、地方議会議員として少なからぬ影響を持った時も、市民から多くの協力を得てこられたのは、主にこの習慣のおかげだ。私は演説が不得手で、雄弁でもなく、言葉の選び方もためらいがちであるし、文法も間違えるが、それでも、たいていは自分の主張を受け入れてもらうことができた。」(P160)
以上、本書「人を動かす」について、私的に感じたところを書きましたが、本書には、「人に好かれる6つの方法」「相手を自分の考えに同調させる12の方法」「怒らずに人を変える9つの方法」「敵を味方に変える方法」「家庭生活を幸福にする7つの原則」など興味深い章が並びます。今でこそ対人関係を良好にする方法などについての本は珍しくありませんが、当時書かれた本書は今読んでもうなづけるようなところが多いです。興味ある方は是非。
(*1)鉄鋼王、アンドリュー・カーネギーとは別人です。(*2)世界的投資家、ウォーレン・バフェットも自身の伝記「スノー・ボール」の中で、D.カーネギー氏の「話し方教室」を受講した、と書いています。
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