考え方

  京セラ創業から第二電電(現KDDI)の設立、そして、2010年の経営破綻からわずか 2年で日本航空(JAL)をスピード再生させた稲盛 和夫さんの仕事や人生における「考え方」を綴ったのが本書です。稲盛さんは、人はどのような「考え方」を持つかを選択することによって自分の人生を素晴らしくもできるし、破壊することもできる、と言います。「考え方」を基に人は人生の分かれ道において進む道を選択し、その選択の積み重ねが人生の結果となるからです。

  稲盛さんは、人生(仕事)哲学において、最大限の結果をもたらすものとして「人生・仕事の結果 = 能力 x 熱意 x 考え方」という方程式を持っています。 まず、「能力」ですが、これはその人の「学力、運動神経、体力」といった人が生まれてきたときにすでにその人に備わっているものです。次に「熱意」ですが、これは「努力」という言葉に置き換えてもいいもので、「能力」が生まれつきなものであるのに対し、「熱意」は自分さえ自覚すれば高めることができるものです。これら二つの要素に対し、最も大切で、人生の最大の結果を左右するものが、(本書のタイトルにもなっている)「考え方」です。なぜなら、この「考え方」は人によって千差万別でマイナスからプラスまで大きな振れ幅があるからです。(稲盛さんの考えでは、上記の方程式において「能力」「熱意」の振れ幅というのはプラス側の方向にあるだけですが、「考え方」についてはマイナス側にも振れるものなので、仮に「能力」「熱意」がプラスになっていても「考え方」がマイナスであれば、そしてその振れ幅が小さくても、結果はマイナスになってしまうのです。)ですので、この「考え方」の値を最大にすることが、稲盛方程式の結果の値を最大値にするためには、(他の二つの要素の値を大きくする以上に)大切なことなのです。

  稲盛さんが、この「人生・仕事の結果 = 能力 x 熱意 x 考え方」という方程式において「考え方」が一番重要である、と改めて実感したのが、 2010年2月からおよそ3年に渡って携わったJALの再建の時でした。稲盛さんは当初から自身が京セラやKDDIの経営で実践してきた「考え方」をJALの社員に伝え、全社員に意識を変えてもらおうと思いました。そして、意識改革をはかるべく、幹部社員を集め、リーダー教育を実施。具体的な経営の在り方とともに、「人間として何が正しいのか」という判断基準、リーダーが持つべき資質などを集中に学んでもらったところ、高学歴の幹部社員達は、「そんなことは言われなくても知っている。子供を諭すような道徳観を押し付けて、、、」というような明らかに浮かぬ顔になった、といいます。 稲盛さんは、こういった幹部者社員の中で、生意気で不遜な態度をとる幹部社員には厳しく叱責を行いました。「なぜなら、リーダーには謙虚さが必要であり、こういった事態になったことを自分自身の責任として受け止めて欲しかった。」からでした。こういったJAL幹部社員達は、「日本を代表する航空会社としてチヤホヤされてきた長い歴史の中で傲慢になっていた」と稲盛さんは説明します。実は稲盛さんは、「リーダーの資質」についての確固たる「考え方」を持っていて、それは「リーダーの資質は『人格』が最も重要であり、それも高い次元の『人格』を維持し続けることが最も大切なことである。」(P214)ということです。ところが現代社会においては一般的にリーダーの資質として重要なのは「才覚」や「努力」だと考えられている、と稲盛さんは言います。

  世間でははよく言われることですが、人生の早い時期に、運だけで成功と名声を収めお金持ちになって贅沢になると、慢心し傲慢になり、人を人とも思わないような行動をとるようになってしまい、ついには道を誤り、残りの人生を無意味に送ってしまう、といいます。現在のビジネス界やスポーツ界を見ると、独特の才能や才覚、それに、一心不乱の努力で財を成す若手のベンチャーの創業者型経営者やスター選手を見かけますが、そいうったすい星のごとく現れ、しかし、しばらくすると我々の前から姿を消していった新進気鋭の企業や経営者、スポーツ選手にとって必要なのもの、それが実は「人格」なのです。また(一時的に成功するのは決してやさしいことではありませんが、)その成功を長年にわたり維持し続けるのはもっと大変なことです。

  そのためにもリーダーにとって一番大事なことは、「人格」を毎日磨き続けることだと稲盛さんは説きます。稲盛さんが考える「人格」とは人間が生まれながらに持っている「性格」とその後、後天的に人生の中で学び取る「哲学」から成り立ちます。「残念ながら、誰しも持って生まれた『性格』が完全なわけではありません。だからこそ、後天的に素晴らしい「哲学」を身につけ「人格」を高めようと努力する必要があります。」(P216)稲盛さんの言う「哲学」とは、「歴史という風雪に耐え、人類が長く継承してきたものであるべきで、つまり、人類のあるべき姿、持つべき考え方を明らかにし、我々に善い影響を与えてくれる、素晴らしい聖人や賢人の教え」です。この「哲学」を身につ付ける上で留意すべきことは「知っていることと、できることは違う」ということです。「リーダーにとって大切なことはこの「哲学」を繰り返し学び、それを理解するだけでなく、常に理性の中に押しとどめておけるように努力することなのです。」(P217)

  おそらく前述したJALのリーダー教育に関してJALの皆さんへ稲盛さんが一番訴えたかったのは、「リーダーにとって『人格』こそが大事であり、それを単にわかっているだけでなく哲学を通して『人格』を学び、維持、向上しなさい。」ということなのだと思いました。

  スポーツ選手は、毎日肉体を鍛錬しないと、試合における最高のパフォーマンスを発揮できないのと同様に、我々普通の人間も「人格」も常に高めようと努力し続けなければ煩悩に心が侵食され続け「人格」のレベルも普通の凡人のものと変わらなくなってしまうのです。「そのためには自分の行いを日々振り返り、哲学など)学んできたことに反したことを行っていないかどうか、反省を行い、これを厳しく自分に問い続けることで「人格」を維持することがきるのです。」(P218) そして、毎日反省を行い、人格の鍛錬を続けられる人は「どれほど社会的な名声を得ようとも、あるいは大きな会社や組織の長として多くの人を率いていようとも、少しも威張ったことがなく、常に謙虚でいられ、そして、自分のことは横において、いつでも世の為、人の為を考え、行動できる人になる。」と言います。そのような自らの欲望や虚栄を抑えることができる克己心の持ち主こそが(稲盛さんの考える)人格者なのです。

       このほか、人生や仕事に対する稲盛さんのポジティブな「考え方」が本書には満載です。仕事に疲れた時、心が折れそうなときに是非、手に取って御覧下さい。